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加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/15 10:43 UTC 版)
(ごきげんテレビ から転送)
| 加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ | |
|---|---|
| ジャンル | バラエティ番組 |
| 放送時間 | 土曜 20:00 - 20:54(54分) |
| 放送期間 | 1986年1月11日 - 1992年3月28日 |
| 放送国 | |
| 制作局 | TBS |
| プロデューサー | 高橋利明 |
| 出演者 | 加藤茶 志村けん ほか |
| 音声 | モノラル放送 |
『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(かトちゃんケンちゃん ごきげんテレビ)は、1986年1月11日から1992年3月28日までTBS系列で毎週土曜日20:00 - 20:54(JST)に放送されていたバラエティ番組である。通称は「加トケン」また「ごきげんテレビ」。
目次 |
番組概要
司会はザ・ドリフターズの加藤茶と志村けん。『8時だョ!全員集合』(以降、「全員集合」)が1985年に16年間の放送に幕を下ろした後、加藤と志村の2人を全面的に出したいというTBSの意向により企画された。2人の絶妙なコントや掛け合いを押し出したロケーション中心によるギャグ要素のコメディドラマ、公開スタジオ収録でのホームビデオ紹介コーナーやプレゼントコーナーという構成であった。ただし生放送ではなく、メインの前半部分は公開収録もないという点が『全員集合』と異なる点である。
メイン音楽の担当はたかしまあきひこで、オープニングテーマの音楽は後藤次利が担当。『THE DETECTIVE STORY』のオープニングテーマを歌ったのは柳ジョージ。
当番組が1986年1月11日という番組改編期でもない中途半端な時期に始まったのは、『全員集合』終了後3か月間の期間限定で『ドリフフェスティバル 全員集合ベスト100』をつなぎ番組として放送していたからである。そのため当番組はつなぎ番組とはならず、同年4月改編以降もそのままレギュラー化された。
『全員集合』を打ち切りに追い込んだフジテレビの『オレたちひょうきん族』(以降、「ひょうきん族」)が、当番組開始と同年に発生したビートたけしのフライデー襲撃事件が引き金となって『ひょうきん族』の人気が低下するとともに当番組の人気・視聴率とも上昇。最高視聴率は1987年11月21日に記録された36.0%で、1977年9月26日以降の芸能・バラエティ部門でも歴代4位を記録している(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。6年間の平均視聴率は、18.1%[1]。前番組の『全員集合』の存在があまりにも大きすぎたため過小評価される傾向もあるが、練りに練って作られたコントなど、その評価は今なお高い。
また、1987年に加藤が結婚した際には、通常の番組内容を変更して1時間生中継で加藤の結婚式の模様を独占放送したこともある。志村がメインを務めるコントを軸としたバラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』が、後にフジテレビで放送(企画制作はイザワオフィス)されることになるが、基になった『だいじょうぶだぁ』のギャグは、この番組の「THE DETECTIVE STORY」から生まれたものである。
1989年10月には、ついに『全員集合』の宿敵だった『ひょうきん族』を打ち切りに追い込むというリベンジを果たすなど[独自研究?][要出典]、土曜20時の時間帯を制していたが、1990年10月に日本テレビが『マジカル頭脳パワー!!』、フジテレビが『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』を開始して以降は徐々に視聴率が低下し、また番組終了間際に当時TBS社長だった磯崎洋三による大改革主張の兼ね合いなどもあって1992年3月28日放送分をもって番組は終了した。
主要スポンサーには前番組『全員集合』から引き続き、筆頭のライオンやロッテをはじめとする企業が付いていたほか、後期には任天堂も含まれていた。そのため、この番組の放送時間中に『ファミコンウォーズ』や『ファイアーエムブレム』などのテレビCMがオンエアされていた。
出演者
レギュラー
おもしろビデオコーナーのみ
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固有名詞の分類
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