劉備玄徳とは?

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劉備

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/01/20 12:53 UTC 版)

(劉備玄徳 から転送)

劉 備(りゅう び、延熹4年(161年) - 章武3年4月24日(223年6月10日))は、後漢末期から三国時代の武将、蜀漢の初代皇帝。




  1. ^ 簡体字での表記:刘备ピン音Liú Bèi
  2. ^ 現代中国語ではXuándé
  3. ^ 晋書』巻一百・列伝第七十では、劉備を「烈祖」と称しているが、これが廟号なのかどうかは断定できない。
  4. ^ 四分暦太陰太陽暦)では章武3年4月24日。
  5. ^ 渡辺精一『三国志人物鑑定辞典』では、「膝まで垂れる長い手」は「手を動かせる範囲が広い」≒「多才」と解釈でき、さらに「自分の耳を見ることもできる目」は「細かい所までよく見ることができる」という意味に取れるため、劉備の身体的特徴についての記録は「聡明である」という意味に解釈できる、との説明がされている。
  6. ^ 潞は露(あらわ)と同音、涿は啄(くち)と同音で、口があらわな人という意味になる。
  7. ^ 劉備はこのことを根に持ち、皇帝に即位すると過去の罪を挙げて張裕を処刑している。
  8. ^ 「玄徳」は「明徳」に相対する言葉であり、明徳とは外に表れやすい意識的な仁徳を言い、玄徳とは無意識的にして玄妙無限なる仁徳を指す。この字については、劉備が若い時に教えを受けた盧植が付けたのではないかと、漢学者の安岡正篤は推測している(安岡正篤『十八史略』)。なお、盧植は黄巾の乱を鎮定した武将の一人である。
  9. ^ 蜀書」における劉備の伝は「先主伝」とある。また劉備の後を継いだ劉禅は後主とされている。
  10. ^ 漢書』「王子侯表」によると陸成侯。「亭侯」は後漢の爵位の制度で、前漢には存在していなかった。引き続き「王子侯表」で劉貞は紀元前127年に侯に封じられたと、記されている(詳しくは劉貞を参照)。
  11. ^ 後漢書』には3人の臨邑侯の名が記録されている。一人は建武2年(西暦26年)に真定劉楊と共に後漢への謀反を起こした劉譲であり、もう一人は建武30年(54年)に臨邑侯に封じられた劉復、いま一人は劉復の子の劉騊駼である。劉譲は劉楊の弟であり、劉楊は前漢景帝の7代の孫である。劉復は北海靖王劉興の子であり、劉興は光武帝の兄の斉武王・(伯升)の子である。
  12. ^ 現在の河北省保定市涿州
  13. ^ 漢晋春秋』より。
  14. ^ 漢晋春秋』より。
  15. ^ 『典略』によると、187年張純が反乱を起こした。青州刺史は張純討伐を命じた。その討伐軍が平原を通過したとき、劉子平(劉平?)は劉備が武勇に優れていると述べて従事に推薦した。劉備は従軍し、田野で敵軍と戦い負傷し、死んだ真似をした。友人に助けられ脱出した。後に軍功で安熹県の尉になった、と記されている。
  16. ^ 英雄記』によると、霊帝の末年に劉備は洛陽にいた。後に曹操とともにに行き、兵を募集して集めた。間もなく曹操と董卓討伐に向かった、と記されている。
  17. ^ 魏書』より。
  18. ^ 『英雄記』によれば、一計を案じた劉備は楊奉を誘って会見し、会見の席上で楊奉を謀殺した。韓暹は逃げ出したが、杼秋の守備隊長の張宣に討ち取られ、その首級は劉備に届けられたという。
  19. ^ 『後漢書』袁術伝
  20. ^ 『献帝春秋』
  21. ^ 現在の河南省南陽市新野県
  22. ^ 『三国志』「蜀書 巻二 先主伝」
  23. ^ 『三国志』「蜀書 巻七 龐統伝」
  24. ^ 季漢補臣賛
  25. ^ 『三国志』「呉書魯粛伝」
  26. ^ 『華陽国志』
  27. ^ 習鑿歯は費詩が左遷されたのは当然であると述べており、裴松之は習鑿歯の議論の内でこの論が最も優れていると意見している。[費詩伝]
  28. ^ 孫桓伝
  29. ^ 『四川文物』1987年第1期「劉備墓及真偽考弁」
  30. ^ 奉節県公式ページによる議論の概要。もちろんこのページでは奉節県に墓所があると主張されている。
  31. ^ 原文:「弘毅寛厚、知人侍士。蓋高祖之風、英雄之器焉。及其挙国託孤於諸葛亮、而心神無疑貳、誠君臣之至公、古今之盛軌也。機権幹略、不逮魏武、是以基宇亦狭。然折而不撓、終不為人下者、抑揆彼之量必不容己。非唯競利、且以避害云爾」
  32. ^ 先主伝 第二
  33. ^ ただし、似たような遺言を孫策張昭にしている。呉書張昭伝の注に引く『呉歴』によれば、「もし仲謀(孫権の字)に仕事に当る能力がないようならば、あなた自身が政権を執ってほしい」と述べている。
  34. ^ 族譜によると劉永には劉晨という子がいて、劉備の血統を伝えたことになっているが疑わしい。劉晨の系図は外部リンクを参照。
  35. ^ 三国志』にはそのような剣があったという記録はない。的盧は『三国志』「先主伝」の注や『先主伝集解』にその名がある。
  36. ^ 『三国志』「魏書九 曹仁伝」には、曹純が劉備の娘二人を捕らえたとある。






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