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別れの曲

原題:La Chanson de I'Adieu
製作国:フランス
製作年:1934
配給:東和商事
スタッフ
監督:Geza von Bolvary ゲザ・フォン・ボルヴァリー
脚色:Ernst Marischka エルンスト・マリシュカ
台詞:Jacques Natanson ジャック・ナタンソン
撮影:Werner Brandes ウェルナー・ブランデス
音楽:Frederic Chopin フレデリック・ショパン
編曲:アイロス・メリール 
美術:Emil Hasler エミール・ハスラー
編集:Hermann Haller 
スクリプター:Albert Valentin アルベール・ヴァランタン
キャスト(役名
Jean Servais ジャン・セルヴェ (Fr\8f\a1\a5d\8f\a1\a5ric Chopin
Jeanine Crispin ジャニーヌ・クリスパン (Constantia)
Catherine Fonteney カトリーヌ・フォントネー (Madame Gladkowska)
Marcel Vallee マルセル・ヴァレ (Josef Flener)
Pierre Sergeol ピエール・セルジョル (Josef Glabovski)
Jean Fay  (Titus Wajciechowski)
Lucienne LeMarchand リュシエンヌ・ルマルシャン (George Sand
Daniel Lecourtois ダニエル・ルクルトワ (Franz Liszt
Marcel Andre マルセル・アンドレ (Kalkbrenner)
Paul Asselin ポール・アスラン (Pleyel)
Marc Valbel マルク・ヴァルベル (Alfred de Musset
Erna Morena エルナ・モレナ (La Duchesse d'Orl\8f\a1\a5ans)
Christiane d'Or クリスチアーヌ・ドール (Madame Mercier)
解説
楽聖フレデリック・ショパン伝記取材して「春のパレード」を脚色したハンガリー劇作家エルンスト・マリシュカ脚色し、「モナ・リザの失踪」「春のパレード」のゲザ・フォン・ボルヴァリー監督に当った映画である。撮影は「ワルツの夢」「少年探偵団」のウェルナー・ブランデス担当し、台詞は「吼えろ!ヴォルガ」のジャック・ナタンソン書きルネ・クレール助監督として「最後の億万長者」「パリ祭」に協力したアルベール・ヴァランタン総指揮に任じた。なおショパン音楽編曲に当ったのは伯林国立歌劇場指揮者アロイス・メリハルである。ショパンには「姿なき殺人出演新進ジャン・セルヴェが扮し、助演者はいずれも舞台映画とに出演している人々ジャニーヌ・クリスパンダニエル・ルクルトワリュシエンヌ・ルマルシャンマルセル・ヴァレ等の腕利きを始め「にんじん」のカトリーヌ・フォントネー古くから知られているエルナ・モレナ、その他の面々である。
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
一八三○年の春ポーランド青年達の間にはロシア反抗祖国独立運動密かに劃策されていた。終日ピアノに向って精進するフレデリック・ショパンの胸にも祖国愛は火と燃えて、時到らば白い手に剣を取る決心固められていた。ショパン音楽教師エルスナーはショパン芸術のためにこれを憂え何とかして彼をパリへ送ろうと考えショパン愛人コンスタンティアを訪れ自分考えを打明けて力を貸してくれる様たのんだ。危険な故郷に置いて彼の天才を若く散らせるより当時文豪詩人音楽家が集まっている芸術の都パリへ行ったらショパンは必ず成功するちがいないショパン成功したらエルスナーは必ずコンスタンティアをパリ連れて行く約束した。かくてショパン故郷離れる日、コンスタンティアは涙でこれを見送った。パリへ出たショパンはエルスナーの懸命な骨折でやっと小さな音楽会を開く事が出来た当時パリ一流ピアノ店を持っていたピアニスト、プレエルが開いてくれたのだった。その当夜ポーランド独立運動はのろしを上げた。その号外を見たパリ名士同情心から無名ポーランド青年ショパン演奏会出席した。ショパンは重い心を抱いてピアノに向ってミニュエットを奏しはじめた。しかし故国戦いを聞いた彼は一向に興が乗らない。彼の求めるのはもっと烈しい強い曲なのだ。ショパンは遂に彼の情熱ピアノ打ちまけた。血みどろ戦いエチュード場内に拡がる、場内は青ざめた、こんなむき出し情熱今までパリの人は聞いた事がなかったのだ。演奏が終わった時ある者は烈しく拍手し、ある者は呆然と顔を見合せた。主催者のプレエルは憤然と席を立った。しかしジョルジュ・サンドショパン天才を知り当時名声の高いフランツ・リスト彼の後援を頼んだ。オルレアン侯爵婦人邸に於てリスト演奏会が催された夜、ショパンも招かれて出席した。演奏が始まる頃になると何故か豪華サロンの燭灯は一つずつ運び去られた。薄暗の中に美し音楽流れ出した。こんなに美しくピアノを奏でられる人はパリリスト一人しかない筈だ。しかしその時サンドがかかげた灯にほのかに浮び上ったのはピアノに向ったショパンとその側に立って静かに聴き入っているリストの姿だった。今こそパリショパン認めた。リスト友情サンド情熱とに育てられてショパン芸術は今さん然と輝き出したのだ。ショパン成功知ってパリ出て来たコンスタンティアは彼がジョルジュ・サンド恋仲であるのを知り、淋しく彼をあきらめ故郷へ帰った。


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練習曲作品10-3 (ショパン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/30 09:15 UTC 版)

(別れの曲 から転送)

練習曲作品10第3番ホ長調は、フレデリック・ショパンが作曲した独奏ピアノ曲。遅いカンタービレの練習で、右手が内声部を弾きながら、旋律の音量を維持しなければならない。日本においては、「別れの曲」の名で広く知られる。






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