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出水市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/12 14:50 UTC 版)
| いずみし 出水市 |
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ツル飛来の様子
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出水市章
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| 国 | |
| 地方 | 九州地方 |
| 都道府県 | 鹿児島県 |
| 団体コード | 46208-0 |
| 面積 | 330.06km² |
| 総人口 | 55,465人 (推計人口、2011年11月1日) |
| 人口密度 | 168人/km² |
| 隣接自治体 | 阿久根市、薩摩川内市、伊佐市、さつま町 熊本県水俣市 |
| 市の木 | イヌマキ |
| 市の花 | ツツジ |
| 出水市役所 | |
| 所在地 | 〒899-0292 鹿児島県出水市緑町1番3号 |
| 外部リンク | 【鹿児島県出水市】 |
| ウィキプロジェクト | |
出水市(いずみし)は、鹿児島県の北西部に位置する市である。2006年3月13日に周辺の旧高尾野町、旧野田町と合併して新市制となった。九州新幹線の停車駅があり、ツルの渡来地として知られる。
目次 |
地理
鹿児島県の北西部、鹿児島市から北北西に約80kmの場所に位置する。市域北部は八代海(不知火海)に面しており、東部は矢筈岳を主峰とする肥薩山脈が北東に走り、南部は紫尾山を中心とする山塊が東西に伸びる。市域の大半は扇状地であり、米ノ津川とその支流の平良川、高尾野川、野田川がそれぞれ北西流して八代海(不知火海)に注ぐ。市内には出水平野が広がる。
隣接している自治体
- 鹿児島県
歴史
薩摩の中では国府が置かれた高城地方(現在の薩摩川内市)とともに最も早くヤマト王権に属した。『和名抄』の薩摩国出水郡の地である。下鯖町の加紫久利神社は薩摩二之宮と称される『延喜式』の式内社である。 江戸時代には薩摩藩に属し、出水郡出水郷が置かれた。特に出水郷の武士団は事実上の鎖国状態であった薩肥国境地帯の防衛・警備・関所の管理を任ぜされ、出水兵児(いずみへこ)と呼ばれた。彼等は薩摩武士には珍しく、粘り強く常に実直冷静な強兵であったため、藩内でも高く評価されていた。この精神はその後代々請け継がれ、近現代以降、同地出身者で全国的に各方面で活躍する優秀な人材を多く輩出する事となる。
近現代
- 1889年4月1日 - 町村制度施行により、現在の市域にあたる以下の村が発足。
- 出水郡上出水村・中出水村・野田村・高尾野村・下出水村
- 上出水村 ← 武本村, 上鯖淵村, 上大川内村, 下大川内村, 上知識村
- 中出水村 ← 下知識村, 六月田村, 下鯖淵村, 荘村
- 下出水村 ← 脇本村, 江内村
- 高尾野村 ← 下高尾野村, 唐笠木村, 上水流村, 下水流村, 柴引村, 大久保村
- 野田村 ← 上名村, 下名村
- 出水郡上出水村・中出水村・野田村・高尾野村・下出水村
- 1917年4月1日 【町制施行】上出水村→出水町
- 1923年7月1日 - 【町制施行】中出水村 → 米之津町
- 1924年4月1日 - 【改称】下出水村 → 三笠村
- 1932年4月1日 - 【町制施行】高尾野村 → 高尾野町
- 1949年4月1日 - 【分立】三笠村 → 江内村
- 1954年4月1日 - 【対等合併・市制施行】出水町・米之津町 → 出水市
- 1959年4月1日 - 【新設合併】高尾野町・江内村 → 高尾野町(新町制)
- 1975年4月1日 - 【町制施行】野田村 → 野田町
- 2006年3月13日 - 【新設合併】出水市・野田町・高尾野町 → 出水市(新市制)
九州新幹線
出水市は、国道3号、鹿児島本線など陸上の幹線の要衝として古くから発展してきたが、2004年3月13日の九州新幹線の部分開業以後は、次第に生活圏の広域化が進むようになった。一番の変化として鹿児島市への日常的な通学又は通勤が毎月増加していることである。鹿児島方面への到達時間は約22分である(これは姶良町や霧島市方面、鹿児島市喜入より鹿児島市内の都心へ向かうよりも同等または近い)。運転は出水駅からの下りの始発は朝6:42、鹿児島中央駅からの終電は23:20である。朝と夕方は30分間隔で運転されている。そのため、最近では鹿児島方面から出水市の職場に通勤してくる姿も見られるようになった。またアミュプラザ鹿児島等の開業も影響して次第に利用者が増えている。
行政
- 市長:渋谷俊彦(旧出水市長)
- 市長職務執行者:吉満重人(旧・野田町長)
県の行政機関
国の行政機関
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