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処女懐胎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/19 00:14 UTC 版)
処女懐胎(しょじょかいたい)、または処女受胎とは、文字通りには処女のまま(つまり男女の交わり無しに)子を宿すことであるが、普通は、特に聖母マリアによるイエス・キリストの受胎というキリスト教における概念を指す。カトリックなどマリア崇敬をする教会において、処女懐胎の意義は、マリアがけがれのないままにイエスを身篭ったことにある。無原罪の御宿りとともに、マリアの無謬性(誤りのないこと)を強調する。
他の神話内の事例にも用いられることもある。
- ^ 当箇所について、「この『乙女』は、本来は『若い娘』と訳すべきであり、マリアの処女懐胎はこの誤訳の産物だ」といった説があるが、真相は定かではない。 まず「誤訳」とされているものであるが、原語(ヘブライ語)のアルマー ('almah, עַלְמָה) は「若い男」('elem, עֶלֶם)の女性形で、本来的には「若い女」を意味するとされる。「処女(未婚の女)」を指している言う場合もあるが(創世記24・43)、イザヤ書の当該箇所ではそこまで含意していないと言われる(The NET Bible, イザヤ書7・14の註)。その後、七十人訳(キリスト教発生以前に成立したギリシア語訳の旧約聖書)では、この語は παρθένος (parthenos) と訳された。一般的に「処女」を意味する語だが、「少女」「未婚の女」を指すこともある(Liddell-Scott, A Greek-English Lexicon)。この時点で当該箇所の訳者が、どのように解釈していたのかはっきりしたことは分からないが、その後に七十人訳を引用したマタイの文脈では、はっきりと「処女」と解釈している。 しかしこの事実は、処女懐胎伝承の発生自体を説明するものではない。マタイは、イエス・キリストを旧約の完成者として考えており(マタイ5・17)、この福音書の際立った思想として、イエスの言行が旧約で予言されていたと考える(予型論的解釈)。そしてマタイは、本来全く関係のない事柄をも旧約と結びつける傾向をもつのである(4・15-16節など他多数)。また、マタイ福音書の存在を知らなかったルカ福音書でも処女懐胎伝承は記述されており、こちらはイザヤ書を一切引用しない。従って、確実に言えることは、処女懐胎伝承がマタイかルカによる創作ではなく、それ以前から存在する伝承だということだけである。
- ^ アメリカの州のひとつ「バージニア」はイギリスの「処女王」エリザベス1世に由来し、聖母マリアとは無関係である。
- ^ また同様に、既婚の女性を指す敬称でも、同様にマリアを指す場合がある。Madonna(伊)、Notre-Dame(仏)、Our Lady(英)等。
処女懐胎に関連した本
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