兄妹婚
『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)12 1年360日に付け足された5日の閏日の第1日目に、母神レイア(=ヌト)は太陽神ヘリオス(=ラー)との間にオシリスを産み、4日目にヘルメス(=トト)との間にイシスを産んだ。イシスとオシリスは、生まれる前から母神レイアの胎内で愛し合って結ばれ、夫婦となった。
『神統記』(ヘシオドス) ゼウスとその正妃ヘラはともに、クロノスとレイアの間に生まれた子であり、姉・弟の関係である。クロノスとレイアもまた、ウラノス(天)とガイア(大地)の間に生まれた子であり、姉・弟である。
『独異志』(唐・李冗撰)下巻 世界の初めの時には、女カ兄妹2人しかいなかった。兄妹は崑崙山の頂上でそれぞれ火を燃やし、「同胞婚が可ならば立ち昇る煙を1つにせよ。否ならば別々にせよ」とまじないを唱えて、神意を問うた。すると2つの煙が1つになったので、兄妹は結婚した。
『日本書紀』巻1・第2段一書第1 イザナキ・イザナミ夫婦は、ともにアオカシキネノミコトの子である。
*太陽(姉あるいは妹)と月(弟あるいは兄)の性交→〔月〕6aの太陽と月(北米、エスキモーの神話)。
『暗い窓の女』(手塚治虫) 義治と由紀子は兄妹だったが愛し合い、夫婦生活をしていた。義治は医者に「遺伝子を人工的に変えて、兄妹を他人にできないか?」と問い、「不可能だ」と断られる。由紀子に求婚する男が現れたので、義治はその男を殺し、ビルの7階から投身する。由紀子は義治に抱きついて、一緒に落ちて行く。義治は、「由紀子、今度は2人で鳥に生まれような。鳥なら兄妹だって愛し合えるからね」と言う。
『古事記』下巻 允恭天皇の皇太子である木梨の軽太子は、同母妹・軽大郎女と通じた。軽太子は捕らわれて、伊予の湯に流罪になった。軽大郎女もその後を追って伊予へ行き、2人はそこで一緒に死んだ。〔*『日本書紀』巻13允恭天皇24年6月に同記事〕。
『捜神記』巻14-1(通巻340話) 高陽氏(センギョク帝)の時代に、兄妹で夫婦になった者があり、帝は2人を山に追放した。2人は抱き合って死んだ→〔シャム双生児〕2b。
『英草紙』第5篇「紀任重陰司に至り滞獄を断くる話」 安徳天皇は、建礼門院徳子が兄平宗盛と通じて産んだ子である。
『ペルシア人の手紙』(モンテスキュー)第67信 ゲーブル(=ゴール)人の「私(アフリドン)」は、6歳の頃から妹(アスタルテ)に恋心を抱く。「私」は妹と引き離され、妹は王のハーレムに入れられたあげく、官奴と結婚させられる。しかし「私」は妹を救い出し、駆け落ちをして、25歳で結婚式をあげ、女児をもうける。1年後、タタール人が攻めこんで、「私」たちはいったん奴隷にされるが、やがて解放され、以後「私」は妹を妻として幸福に暮らす。
*アイヌの始祖の兄妹婚→〔犬婿〕2の『アイヌの起こり』(アイヌの昔話)。
『今昔物語集』巻26-10 土佐国の兄妹を乗せた船が潮に流され、沖の孤島に漂着する。2人はそこに住みつき、夫婦となった〔*『宇治拾遺物語』巻4-4に類話〕。
『瓶詰の地獄』(夢野久作) 船が難破して離れ島に漂着した11歳の兄と7歳の妹が、2人きりで10年ほどを過ごすうちに、ついに肉の誘惑に負けて関係を持つにいたった(*→〔瓶(びん)〕4)。やがて救助船が来た時、兄妹は淵に身を投げ、自ら命を絶った。
★2c.片方あるいは双方が、兄妹であることを知らずに結婚する。
『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(ゲーテ)第8巻第5~10章 アウグスティンは、近隣に住むスペラータが実は里子に出された妹であることを知らず、彼女を恋人にする。2人の間には娘ミニョンが生まれ、数年後にスペラータは病死する。ミニョンは10代前半の頃、旅まわりの劇団の一員となり、青年ヴィルヘルムと行動をともにし、彼を慕う。父アウグスティンは老いた竪琴弾きとなって、ミニョンにつきそう。しかし病弱なミニョンはまもなく衰弱死し、アウグスティンもあとを追うようにして自殺する。
『ヴォルスンガ・サガ』7 父や兄弟たちの敵である夫シゲイルに復讐するため、シグニュは「勇者をわが胎より産み出そう」と考える。シグニュは魔法使いの女と姿を取り換え、生き残った兄シグムンドのもとへ行く。シグムンドは眼前の美女が妹とは知らず、彼女と3日続けて床をともにする。シグニュは男児(シンフィョトリ)を身ごもる。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「深川三角屋敷」 直助権兵衛は、お袖に「父四谷左門・姉お岩・夫佐藤与茂七の仇を討ってやろう」ともちかけ、彼女と夫婦になる。その直後に、死んだはずの夫与茂七が訪れ、お袖は絶望して自ら死を選ぶ。彼女が所持していた臍の緒の書き物から、直助とお袖は兄妹であったことがわかり、直助も己れの非を悟って自刃する。
『うつほ物語』「あて宮」 正頼左大将の七男・仲澄侍従は、同腹の妹あて宮との結婚を望む。しかしあて宮が東宮に入内したため、仲澄は悲嘆の余り病み臥して、やがて死ぬ。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第2話 妃を亡くした王が、実の妹ペンタに求婚し「お前の身体の中でとりわけ手が好きだ」と言う。ペンタは奴隷に命じて自分の両手を切り落とさせ、「一番お好きなものをお納め下さい」との手紙とともに、兄王に届ける→〔箱船(方舟)〕3。
★2e.想像上の兄妹婚。
『響きと怒り』(フォークナー) 南部の名門コンプスン家の長男クェンティンは、妹キャディを愛していた。しかしキャディは、性衝動のおもむくままに男たちと遊ぶ。彼女は流れ者の子を宿しつつも、その男ではなく別の男と結婚する。クェンティンは妹の堕落を防げなかったことを思い悩み、やがて彼は、「妹と近親相姦を犯した」との妄想を抱く。クェンティンは自殺する。
★2f.姉弟婚。
『熊座の淡き星影』(ヴィスコンティ) サンドラの父は、ナチスによって殺された。それは、母コリンナとその愛人ジラルディーニが密告したからだ、とサンドラは確信している。彼女の弟ジャンニは作家志望で、姉との近親相姦を描いた小説の草稿をサンドラに読ませ、自分の思いを訴える。ジラルディーニは「2人は近親相姦を隠している」と、サンドラの夫アンドリューの前で言い放つ。ジャンニはサンドラと関係を結ぼうとして拒否され、自殺する〔*エレクトラの伝説→〔母殺し〕1を発想源とした、という〕。
『無常』(実相寺昭雄) 旧家である日野家の跡取り・正夫は、姉・百合と関係を持ち、百合は男児を身ごもる。正夫は、何も知らぬ書生の岩下を百合と結婚させ、世間を欺く。男児が生まれた後、岩下は、正夫と百合の性交現場を見て衝撃を受け、新幹線に飛び込み自殺する。正夫は仏像研究をしながらも、地獄・極楽を否定し、現世の掟も無意味だと主張する。男児は日野家の跡を継ぎ、叔父にあたる正夫(=実の父でもある)が、後見人となる。
『グレゴーリウス』(ハルトマン)第1章 双子の王子と王女が同衾し、生まれた子(グレゴーリウス)を、小舟に乗せて海に流した→〔母子婚〕1。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥)「割下水伝吉内」~「吉祥院本堂裏手墓地」 19歳の夜鷹・おとせは、同じく19歳の木屋の手代・十三郎と出会い、一目惚れする。2人は夫婦になるが、実は彼らは双子の兄妹だった(*→〔双子〕3a)。2人が真相を知れば悲嘆して死ぬことは自明なので、彼らの兄の和尚吉三は、2人が「兄妹である」と気づかぬうちに、刺し殺した。
『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ワルキューレ」 戦闘で傷ついたジークムントが、一軒家に宿を請う。彼が身の上を語ると、その家の主人フンディングは、ジークムントが自分たちの一族の敵であると知り、翌日の決闘を挑む(*→〔剣〕3)。一方、フンディングの妻ジークリンデは、ジークムントが昔生き別れた双子の兄であると悟る。春の月光の下、兄と妹は再会を喜んで抱き合い、やがて2人の間に英雄ジークフリートが誕生する。
『運命論者』(国木田独歩) 大塚信造は青年期に達してから、父母と思っていたのが養父母だったことを知る。実の父母はともに病没した、と彼は聞かされる。しかし実母は生きていた。信造は弁護士となり、恋人高橋里子と結婚して高橋家の養子になったが、義母高橋梅は、信造の実の母だった。梅は20数年前、幼い信造と病気の夫とを捨て、情人と駆け落ちしたのである。信造は、知らずして異父妹を妻としたのだった。
*アーサー王は、知らずして異父姉と結婚する→〔伯父(叔父)〕5の『アーサーの死』(マロリー)第1巻第19章。
『サムエル記』下・13章 ダビデの長子アムノンは、異母妹タマルを恋し、犯した→〔父と息子〕6。
『真景累ケ淵』(三遊亭円朝) 旗本・深見新左衛門の次男である新吉は、名主の妾お賤と夫婦になり、人殺しをはじめ様々な悪事をはたらいた。実はお賤は、新左衛門とその妾お熊との間の子であり、新吉の異母妹にあたる女だった。お賤との7年間の関係の末に(2人の間に子供はできなかった)、そのことを知った新吉は、鎌をふるってお賤を殺し、その後に自害した。
『砂の上の植物群』(吉行淳之介) 中年の妻帯者・伊木一郎は、バーのホステス津上京子と関係を持つ。ある時、亡父の友人から、一郎には腹違いの妹がおり、京子という名前で24~25歳になっているはずだ、と聞かされ、「津上京子は異母妹かもしれぬ」と一郎は不安を抱く〔*しかし異母妹はすでに死んでおり、津上京子とは別人だった〕→〔姉妹〕2a。
『篁物語』 小野篁は、異母妹に漢籍を教えるうち恋心を抱くようになり、ついに彼女の寝室に入る。異母妹は懐妊し、怒った母によって一室に閉じこめられ、やがて死ぬ。
『日本書紀』巻20敏達天皇5年3月 敏達天皇は、異母妹豊御食炊屋姫尊(後の推古天皇)を皇后とした。
『我身にたどる姫君』 水尾帝の皇后宮と関白が密通し、姫君が生まれる。姫君は父母が誰であるかを知らされず、縁者の尼上のもとで育つ。関白の息子・三位中将(姫君の異母兄)と、水尾帝の皇子・二宮(姫君の異父兄)が、それぞれ姫君を見て思いを寄せる。三位中将は、姫君が自分の異母妹であることをやがて悟るが、二宮は姫君が異父妹であると知らぬまま、強引に関係を結ぼうとして拒否される〔*姫君は東宮と結婚し、後に中宮・女院となって、物語の終わり近くで、57歳で死去する〕。
*→〔夫〕10の『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第6話で、「頭が夫で身体が兄」の男を夫にするというのは、兄妹婚のような印象を受ける。
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