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余部駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/24 11:35 UTC 版)

余部駅
姫路方面行きホーム側から望む(改修工事前)
姫路方面行きホーム側から望む(改修工事前)
よべ - Yobe
播磨高岡 (2.3km)
(3.8km) 太市*
所在地 兵庫県姫路市青山北一丁目25-1
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 姫新線
キロ程 6.1km(姫路起点)
電報略号 ヨヘ←ヨベ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,736人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1930年昭和5年)9月1日
備考 業務委託駅
みどりの窓口
* この間に余部信号場有(当駅より1.6km先)

余部駅(よべえき)は、兵庫県姫路市青山北一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)姫新線

目次

概要

姫路方面からは姫路鉄道部への入出庫を兼ねた始終着列車が設定されている。

当駅名の由来は、かつて存在した飾磨郡余部村からである。姫路市域には揖保郡余部村を前身とする「余部区」という広域地名が揖保川東岸にあるが、当駅は同区から直線距離で約9km離れた夢前川西岸に位置するが、余部区との関係はない。

山陰本線餘部駅(あまるべえき)とは、漢字表記と読み方が異なる。餘部駅の開業が1959年であり、1930年に開業した当駅との重複を避けたためとされる[1]

駅構造

相対式ホーム2面2線構造で交換設備を備えた地上駅で、一線スルーではない。安全側線は、姫路寄り2番線に、播磨新宮寄り1番線に設置されている。互いのホームを結ぶ跨線橋はなく、構内踏切によりホーム間の移動が可能。

姫路鉄道部が管理し、ジェイアール西日本交通サービスが駅業務を受託する業務委託駅となっている。駅舎は木造。駅舎内部にはきっぷうりば、待合所、出札口のほかに自立式の自動券売機が1台、設置されている。構内踏切は2本のホームを結ぶだけでなく駅の裏手をも結んでおり、駅裏手から駅舎を通らず直接ホームへの出入りが可能。駅裏手の出入口には簡便な出札窓口があるが無人で、乗車駅証明書発行機のみ1台設置されている。トイレは駅舎横に新設。車椅子も対応し、点字付きの案内板や、音声で、どこに何トイレがあるか伝える装置も設置されている。

余部駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 姫新線 下り 佐用津山方面
2 姫新線 上り 姫路方面

※工事前まではのりば番号がなかったが、工事完了と共に設定された。駅舎側が2番のりばである。

駅周辺

余部駅の約700m南東で、夢前川が支流の菅生川を併せる。姫新線は合流点南方で夢前川を渡っており、播磨高岡駅 - 余部駅間の北側車窓から合流点を望むことができる。

接続する交通

  • 神姫バス 余部駅バス停(駅前ロータリー)
姫路駅前 - 余部駅 - (四辻経由)山崎・鹿ヶ壺・緑台方面の、路線バス(33・34・35系統)が経由する。
姫路駅前 - 余部駅前 - 追分または上伊勢経由山崎方面の、路線バス(31・32系統)が経由する。

利用状況

2008年度の1日あたりの平均利用者数(乗車人員)は1,736人である。(兵庫県統計書より)

兵庫県内の姫新線では姫路駅に次いで第2位。

歴史

  • 1930年昭和5年)9月1日 - 姫津線(当時)開業当初の終端駅として設置。
  • 1931年(昭和6年)12月23日 - 姫津線が当駅から東觜崎駅まで延伸。途中駅となる。
  • 1934年(昭和9年)11月28日 - 姫津西線開業に伴い、姫津線が姫津東線に改称され、当駅もその所属となる。
  • 1936年(昭和11年)
    • 4月8日 - 当駅を含む姫路駅 - 東津山駅間が全通したため姫津東線が姫津線の一部となり、当駅もその所属となる。
    • 10月10日 - 姫津線が姫新線の一部となり、当駅もその所属となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
  • 2006年平成18年)
    • 7月 - 姫路市による駅前広場整備事業が完成。駅前ロータリー、バス停等が供用開始となる。
    • 7月18日 - 当駅から県立大工学部(姫路書写キャンパス)への路線バス試験運行を、2008年3月30日までの予定で開始し、2008年4月1日より運行休止した。
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 神姫バス33・34・35系統の3路線が、乗り入れを開始。
  • 2009年(平成21年)

隣の駅

西日本旅客鉄道
姫新線
播磨高岡駅 - 余部駅 - (余部信号場) - 太市駅

脚注

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  1. ^ 田村喜子 『余部鉄橋物語』 新潮社、2010年7月30日、p.83。ISBN 978-4-10-313506-7

関連項目

外部リンク


餘部駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/25 08:16 UTC 版)

餘部駅
余部橋梁架け替え後の新しいプラットホーム。
余部橋梁架け替え後の新しいプラットホーム。
あまるべ - Amarube
(1.8km)
(4.6km) 久谷
兵庫県美方郡香美町香住区余部字ナワテ1861-2
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 山陰本線
キロ程 187.2km(京都起点)
電報略号 アマ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
76人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1959年昭和34年)4月16日
備考 無人駅
余部橋梁架け替え前のプラットホーム

餘部駅(あまるべえき)は、兵庫県美方郡香美町香住区余部字ナワテにある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線

目次

概要

駅名と地名の読みは同じだが、漢字表記が異なる。この駅の開業が1959年昭和34年)であり、1930年(昭和5年)に開業した姫新線余部駅(よべえき)との重複を避けたためとされる[1]。マスコミにおいては「余部駅」と表記されることもある[2][3]

豊岡駅管理の無人駅で、自動券売機乗車駅証明書発行機も設置されていない。

駅の開業は地元住民の要望が強く反映された。余部橋梁が完成してから1950年代まで、余部集落住民が山陰線を利用するためには、列車の合間を縫って徒歩で余部橋梁を渡り、トンネルをくぐって隣の鎧駅まで行く必要があった[4]1955年(昭和30年)、地元住民が駅設置の実現化に向け、国鉄に強く働きかけたり、小学校児童が県知事に駅設置を願う手紙を書くなどの行動が展開された結果、駅設置が決定した[4]。建設の際は住民たちも駅造りを手伝い[4]、その様子を描いた壁画がホーム傍に立てられていたが、新橋梁建設工事開始後は周辺案内板等と共に撤去されている。

第3回近畿の駅百選選定駅である。

駅構造

浜坂方面に向かって右側に単式ホーム1面1線のみの地上駅分岐器絶対信号機を持たない棒線駅(停留所)で、ホームは豊岡方面と浜坂方面の共用である。駅のトイレは閉鎖された為、利用の際は下の集落に降りなければならない。

余部橋梁の架け替え前は、ホームは浜坂方面に向かって左側であった。そこから線路とは反対方向に集落に下りる通路が通じていたが、橋の架け替えに伴いこのスペースに新たに線路を通すことになったことから、構内踏切が設置されて新たな通路が設けられた。新橋の供用開始に伴う線路の付け替えで、構内踏切は解消されている。

橋の架け替えによる営業再開に際して、旧橋で使用されていた鋼材を切断したベンチがホームに設置されている[3]

利用状況

2008年度の1日あたりの乗車人員は76人である(兵庫県統計書より)。

駅周辺

余部橋梁が駅のすぐ東側に架かる。橋梁を望む展望台が駅裏手にあったが、橋梁の架け替え工事で山側に線路を通すため掘削されるのに伴い、2008年平成20年)4月11日をもって一時閉鎖された[5][6]。しかし、新旧橋梁切替時期から再開を望む声が多く寄せられたことによって、香美町の定例議会で再開の提案が2010年9月に可決され、補修工事後2010年11月3日に再開された[7][8]

余部の集落は鉄橋の直下にあり、駅からは長い坂道を下りていく必要がある。この坂道には階段がなく、雪の積もる冬場には滑落の危険があるほど急である。また幅が狭いため自動車は通れず、駐車場が坂道のふもとに設置されている。この道も橋梁工事のため2008年(平成20年)2月に一部付け替えられている[2]

ギャラリー

歴史

  • 1959年昭和34年)4月16日 - 国鉄山陰本線の鎧駅 - 久谷駅間に新設開業。旅客営業のみ。
  • 1986年(昭和61年)12月28日 - 余部鉄橋列車転落事故が起こる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 2004年平成16年) - この年より、春休み、ゴールデンウィーク、夏休みなどの多客時に臨時快速列車あまるべロマンの運行が開始され、同列車の停車駅となる。
  • 2008年(平成20年)2月29日 - 余部橋梁工事のため、仮設の通路と踏切が設置される[2]
  • 2010年(平成22年)7月17日 - 余部橋梁工事のため、同日から列車が運休(バス代行)となり、営業を一時休止[9]
  • 2010年(平成22年) 8月12日 - 余部橋梁の架け替え完成に伴い、営業を再開。ホームから見て従来とは反対側に線路が移設される。

隣の駅

西日本旅客鉄道(JR西日本)
山陰本線
鎧駅 - 餘部駅 - 久谷駅

脚注

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  1. ^ 田村喜子 『余部鉄橋物語』 新潮社、2010年7月30日、p.83。ISBN 978-4-10-313506-7
  2. ^ a b c 余部駅の仮設踏切利用開始 新鉄橋完成まで - 日本海新聞 2008年3月1日 2008年6月7日閲覧
  3. ^ a b 解体鉄橋の鋼材、ホームのベンチに JR余部駅 - 神戸新聞(但馬版)2010年8月17日
  4. ^ a b c 余部鉄橋の歴史(香住観光協会)
  5. ^ 余部橋梁(新橋)架替工事の状況について 香美町ウェブサイト 2008年6月7日閲覧
  6. ^ 余部鉄橋展望台、サクラが今春限り サクラ・鉄橋・日本海、最高のロケーション惜しまれ(香住区) (PDF)」 、『ふるさと香美』第38巻、香美町、2008年5月、p.11、2011年1月9日閲覧。
  7. ^ 余部の展望台復活へ マツバガニシーズンに合わせ”. 神戸新聞 (2010年9月23日). 2011年1月9日閲覧。
  8. ^ 余部展望所再開「はまかぜ」新車両導入で前倒し”. 読売新聞 (2010年11月3日). 2011年1月9日閲覧。
  9. ^ 山陰本線鎧・餘部間余部新橋りょう架替に伴う代行バス輸送について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年5月28日

関連項目

外部リンク





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