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佐々木禎子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/10 08:01 UTC 版)

佐々木 禎子
幟町中学校の銅像
生誕 1943年1月7日
日本の旗 大日本帝国広島県広島市
死没 1955年10月25日(12歳)
日本の旗 日本、広島県広島市
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佐々木 禎子(ささき さだこ、1943年1月7日 - 1955年10月25日)は、日本広島市に住んでいた原爆の被爆者である少女で、広島平和記念公園にある原爆の子の像のモデルともなっている。また、シアトルの平和公園にも銅像がある。2004年7月25日国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に遺影が登録された。

目次

一生

白血病発症まで

名前は父、母が元気に育つようにと願いをこめて、店の客の姓名判断の先生に頼みつけてもらった。

運動神経抜群で将来の夢は「中学校の体育の先生」になること。

1945年8月6日、2歳のときに広島市に投下された原子爆弾によって、爆心地から1.7kmの自宅で黒い雨により被爆した。同時に被爆した母親は体の不調を訴えたが、禎子は不調を訴えることなく元気に成長した。1954年8月の検査では異常なかった。また小学6年生の秋の運動会ではチームを1位に導きその日付は1954年10月25日と記録されており、偶然にも自身の命日となるちょうど1年前であった。しかし、11月頃より首のまわりにシコリができはじめ、1955年1月にシコリがおたふく風邪のように顔が腫れ上がり始める。病院で調べるが原因が分からず、2月に大きい病院で調べたところ、白血病であることが判明。長くても1年の命と診断され、広島赤十字病院(現在の広島赤十字・原爆病院)に入院した。

折り鶴

佐々木禎子が在籍していた広島市立幟町中学校にある折り鶴の碑

1955年8月に名古屋高校生からお見舞いとして折り鶴が送られ、折り始める。禎子だけではなく多くの入院患者が折り始めた。病院では折り紙千羽鶴を折れば元気になると信じてツルを折りつづけた。8月の下旬に折った鶴は1000羽を超える。その時、同じ部屋に入院していた人は「もう1000羽折るわ」と聞いている。その後、折り鶴は小さい物になり、針を使って折るようになる。当時、折り紙は高価で、折り鶴は薬の包み紙のセロファンなどで折られた。1000羽折ったものの病気が回復することはなく同年10月25日に亜急性リンパ性白血病で死亡した。最後はお茶漬けを二口食べ「あー おいしかった」と言い残し亡くなった[1]

死後、禎子が折った鶴は葬儀の時に2、3羽ずつ参列者に配られ、に入れて欲しいと呼びかけられ、そして遺品として配られた。

禎子が生前、折った折り鶴の数は1300羽以上(広島平和記念資料館発表)とも、1500羽以上(「Hiroshima Starship」発表)とも言われ、でミュージシャンの佐々木祐滋は「2千以上のようです」と語っている(2010年2月22日朝日新聞)。実際の数については遺族も数えておらず、不明である。また、三角に折られた折りかけの鶴が12羽有った。その後創られた、多くの創話により1000羽未満の話が広められ、折った数に関して多くの説が出ている。

英語の教科書への掲載

佐々木禎子のストーリーは、中学3年生向けの英語教科書『NEW CROWN』(三省堂)に掲載されている。

対話形式で、原爆の破壊力、平和の大切さ、佐々木禎子という人物、折り鶴などについて英文で掲載されている。




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