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いらこ-せいはく 【伊良子清白】
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伊良子清白
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/05/06 01:06 UTC 版)
伊良子 清白(いらこ せいはく、1877年(明治10年)10月4日 - 1946年(昭和21年)1月10日)は、日本の詩人。本名、暉造[1]。
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医業のかたわら詩を書き、河井醉茗、横瀬夜雨と並ぶ文庫派の代表的詩人。詩集は『孔雀船』。
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経歴
鳥取県八上郡曳田村大字曳田(現在の鳥取市河原町曳田)に医師伊良子政治、ツネの長男として生まれた。父政治は郡家町大門の医師岡田道叔の次男だが、明治8年(1875年)7月に曳田村にいた伊良子春郊の長女つねと結婚し、伊良子の姓を名乗った。母つねは、清白が生まれて満1歳にもならない、明治11年(1878年)9月5日に死去した[2]。
1899年京都府立医学校(現在の京都府立医科大学)卒業。東京日本赤十字病院に勤務する。
1906年に唯一の詩集『孔雀船』を刊行、浜田、大分 台湾、京都を経て、1922年(大正11年)三重県志摩郡鳥羽町小浜(現・鳥羽市小浜町)で開業した。
1945年(昭和20年)に戦火を避けるため三重県度会郡七保村打見(現・度会郡大紀町打見)に疎開[3]、翌1946年(昭和21年)に同地で没した。
1980年(昭和55年)生地であり、名作「漂泊」の舞台である曳田の正法寺境内に、同作の第4連を山本嘉将が筆にした詩碑が建立された。
文献
- 詩集
- 全集
- 伊良子清白全集(全2巻、平出隆編、岩波書店、2003年6月)
- 伝記
史料
伊良子清白詩碑
- ふるさとの谷間の歌は
- 続きつゝ断えつゝ哀し
- 大空のこだまの音と
- 地の底のうめきの声と
- 交りて調は深し
- 三重県鳥羽市小浜町城山
- 水底の泥を逆上げ
- かきにごす海の病
- そゝり立つ波の大鋸
- 過げとこそ船をまつらめ
伊良子清白の家
清白が鳥羽で医師を開業していた頃に診療所兼住居としていた家が「伊良子清白の家」として三重県鳥羽市鳥羽一丁目の赤福鳥羽支店の隣に移築され、一般公開されている[3]。この家は1979年(昭和54年)に鳥羽市小浜町から多気郡大台町に移築されたが、2009年(平成21年)に再び鳥羽の地へ戻った[3]。
参考文献
- 『鳥取県百傑伝』 、1970年、76-82頁
- 『鳥取県大百科事典』(編集:新日本海新聞社・「同」編集委員会)、1984年 71-72頁
外部リンク
固有名詞の分類
「伊良子清白」の用例一覧
蒲原有明 「有明集」前後 (青空文庫)
龍土會自體の樣子は今眼前に離合しつゝある詩人の團體とは餘程の懸隔があつた。その龍土會すら影を薄くした。時勢の變は止む事を得ぬものである。 (昭和四年十月) 底本:「日本現代文學全集 22 土井晩翠・薄田泣菫・蒲原有明・伊良子清白・横瀬夜雨 集」講談社 1968(昭和43...
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蒲原有明 仙人掌と花火の鑑賞 (青空文庫)
に於ける自然の中に認めた人——この超然たる夢想家こそは第一の藝術家であつた。」—— Ten o'clock. (明治四十三年) 底本:「日本現代文學全集 22 土井晩翠・薄田泣菫・蒲原有明・伊良子清白・横瀬夜雨 集」講談...
www.aozora.gr.jp/cards/001055/files/43795_18069.html
横瀬夜雨 花守 (青空文庫)
君の如きは頭のギリ/\から足のツマ先まで、全部詩の化身といふてよいでしよう。 八月十八日 伊豆伊東にて 友人 伊良子清白 夜雨は薄幸の詩人なり、幼ふして身、已に病を懷き、室に筑波の翠微を仰ぎて、而も脚多く戸 の間...
www.aozora.gr.jp/cards/000370/files/2544_23299.html
伊良子清白に関連した本
- 孔雀船―詩集 (岩波文庫 緑 30-1) 伊良子 清白 岩波書店
- 伊良子清白全集〈第2巻〉散文篇 伊良子 清白 岩波書店
- 伊良子清白全集〈第1巻〉詩歌篇 伊良子 清白 岩波書店
