三省堂 大辞林 |
いせものがたり 【伊勢物語】
歌物語。一巻。作者未詳。現在のような形になったのは、平安中期か。百二十余の短い章段からなり、在原業平(ありわらのなりひら)らしい人物の恋愛を中心とした一代記の構成をとる。源氏物語・古今集とともに、後代への影響がきわめて大きい。在五が物語。在中将。在五中将の日記。
歴史民俗用語辞典 |
国指定文化財等データベース |
伊勢物語(伝民部卿局筆本)
| 主名称: | 伊勢物語(伝民部卿局筆本) |
| 指定番号: | 2329 |
| 枝番: | 00 |
| 指定年月日: | 1977.06.11(昭和52.06.11) |
| 国宝重文区分: | 重要文化財 |
| 部門・種別: | 書跡・典籍 |
| ト書: | 寛文四年初冬冷泉為清識語 |
| 員数: | 1帖 |
| 時代区分: | 鎌倉 |
| 年代: | |
| 検索年代: | |
| 解説文: | 綴葉装。料紙は無界斐紙を用い、半葉十行に書写する。本文は「春日野のわかむらさきの」の歌の段以下一一五段、歌数は一九八首を収める。本書は伊勢物語の諸伝本中所収段数のもっとも少ない略本に属し、巻末に「此本者高二位本朱雀院のぬりこめに」云々と記される如く朱雀院塗籠本と呼ばれ、定家の流布本などと比較して章段の順序、出入、結合、分離など異同が多く、伊勢物語の古態を伝えて注目される。筆者は識語に民部卿局と伝えるが、ほぼ同時代の書写とみられる。 |
伊勢物語(伝為氏筆本)
| 主名称: | 伊勢物語(伝為氏筆本) |
| 指定番号: | 2339 |
| 枝番: | 00 |
| 指定年月日: | 1977.06.11(昭和52.06.11) |
| 国宝重文区分: | 重要文化財 |
| 部門・種別: | 書跡・典籍 |
| ト書: | 寛永五年臘月上旬烏丸光広識語 |
| 員数: | 1帖 |
| 時代区分: | 鎌倉 |
| 年代: | |
| 検索年代: | |
| 解説文: | 綴葉装。料紙は無界楮紙を用い、半葉九行に書写する。本文は「かすかのゝわかむらさきの」の歌の段以下一二三段を収め、帖末に皇太后宮越後本によって一二段、小式部内侍自筆本より二四段を追記している。本文中に朱雀院塗籠本などの諸伝本、或は万葉・古今集などの諸書との校異多く、勘物の記載が著しい。本奥書によれば本書は顕昭阿闍梨并皇太后宮越後本を書写したと伝え、顕昭校合本系に属するいわゆる広本である。本文は定家の流布本に比して異同多く伊勢物語研究上特に注目されている。帖末の烏丸光広の識語に筆者を藤原為氏と鑑していて本書を伝為氏本と呼ぶ因となっているが、その書写年代は相応と認められる。 |
伊勢物語〈下/〉
| 主名称: | 伊勢物語〈下/〉 |
| 指定番号: | 2420 |
| 枝番: | 00 |
| 指定年月日: | 1986.06.06(昭和61.06.06) |
| 国宝重文区分: | 重要文化財 |
| 部門・種別: | 書跡・典籍 |
| ト書: | 建仁二年季夏中旬藤原定家本奥書 |
| 員数: | 1巻 |
| 時代区分: | 鎌倉 |
| 年代: | 1202 |
| 検索年代: | |
| 解説文: | 冷泉家に伝来した『伊勢物語』の古写本で、藤原定家が建仁二年(一二〇二)に書写したいわゆる建仁二年本の現存最古写本である。 体裁は巻子装で、後補の濃萠黄地蓮宝相華文金襴表紙、牙切軸を装している。料紙は良質の鳥ノ子紙三八紙を継いで用いるが、その一紙幅は約四九センチのものと約三五センチのものとの二種がある。本文は一行二〇字前後、和歌は二字下げの二行書に端正に書写しており、『伊勢物語』の後半(定家本系の第六十二段より第百二十五段)を存している。内題はないが、巻首に余白を置いた体裁等よりみて、上下二巻に分けて書写されたものと推定される。本文中には擦消訂正、墨・朱の校異があり、行間、欄外、紙背には和歌の集付、人物・和歌集に関する勘物がある。墨書の校異・集付・勘物は本文と同筆で、多くは親本のものを忠実に書写したものと認められるが、紙背に記された勘物は他の定家系諸本にみえないものが多く、定家以後の人物による追記と推定され、また朱の校異は後筆にかかるものである。巻末には本文の後に、 「此物語事 高二位成忠卿本〈始起春日野若紫哥/終迄テ昨日今日云々〉 朱雀院塗 籠本是也 業平朝臣自筆本〈始起名のみ立歌/終迄テ昨日今日云々〉 自本是也 小式部内侍本〈始起君やこし歌/終迄テ程雲井歌〉 小本是也」 とあり、ついで、 「當初所書本、爲人被借失畢、仍愚意所存、爲備随分證本書之 于時建仁二年季夏中旬霖雨之 間、以假日終此功」 と定家建仁二年書写の旨の本奥書があり、さらに「抑伊勢物語根源」云々の奥書がある。書写奥書はないが、書風等よりみて鎌倉時代中期の書写になるものと認められる。 『伊勢物語』の諸本は、藤原定家の書写・校訂になる定家本が大半を占めるが、定家は数回にわたって『伊勢物語』を書写しており、建仁二年本はその中で定家が最も早い時期に書写したもので『伊勢物語』研究上に重視されている。この冷泉家本は下巻のみではあるが、定家の書写本の本文等を最もよく伝えた写本と認められ、その価値は高い。また『伊勢物語』の現存諸本がいずれも冊子本である中で、本巻は上下二巻に分けて書写された巻子本であり、形態的にも注目される。 |
歌舞伎・浄瑠璃外題辞典 |
伊勢物語
伊勢物語
古典文学作品名辞典 |
伊勢物語
伊勢物語
ウィキペディア |
伊勢物語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/10 15:25 UTC 版)
『伊勢物語』(いせものがたり)は、平安時代初期に成立した歌物語。『在五が物語』、『在五中将物語』、『在五中将の日記』とも呼ばれる。
- ^ ただし能の井筒では、この段の主人公は業平と同一視される。
- ^ この点が、同じく歌物語に属すとされながら、実在人物へのゴシップ的興味を前面に押し出している『大和物語』との顕著な相違点である。
- ^ 伊勢物語の重要な材料の一つに業平の歌集があった事は想定される。しかし明らかに『古今和歌集』との関係が強い章段も見られ、業平歌集と伊勢物語とは、一応別物であって単に筆を加えた物ではなく小説として書かれているのであり、古来根強く云われた業平の作という説は、近年は通用していない。(「伊勢物語」『日本古典文学大系』第九巻、大津有一、(株)岩波書店、1982年)
- ^ 在原業平一門・源融を中心とする歌人仲間・伊勢・紀貫之等が擬せられている(参考:「伊勢物語」『古典の辞典』(精髄を読む)第二巻、雨海博洋、㈱河出書房新社、1987年)。折口信夫(歌人・釈迢空)等は貫之作者説をとっていた。
- ^ ただし現在東京国立博物館には『伊勢物語絵巻』三巻(摸本)が所蔵されているが、本来20段ほどのその章段の順序は125段本とは大きく相違し、冒頭には狩の使の段(69段)を置くことから、いまは現存しない「狩使本」をもとにしているのではないかといわれている。この絵巻は江戸時代の狩野派の絵師、狩野養信らによる摸本であるが、その原本は鎌倉時代にさかのぼるものとされる。『伊勢物語(武田本)』山田清市校(古典文庫229、1966年)ならびに『伊勢物語絵』伊藤敏子著(1984年、角川書店)参照。
[続きの解説]
伊勢物語に関係した商品
伊勢物語のページへのリンク