大津の歴史事典 |
今井兼平の墓
読み方:いまいかねひらのはか
JR石山駅の北側にある。今井兼平は源(木曽)義仲の家臣。寿永3年(1184)源義経らの軍と粟津で戦い、最期は口に刀をくわえて馬から飛びおりるという壮烈な死にざまであったという。江戸時代の寛文6年(1666)膳所藩主本多康将(やすまさ)が山手にあった墓碑を現在地に移した。
交通アクセス
JR石山駅北側の広場から徒歩3分
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