映画情報 |
人間魚雷回天
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1955 |
| 配給: |
| スタッフ | |
| 監督: | 松林宗恵 マツバヤシシュウエ |
| 原作: | 津村敏行 ツムラトシユキ |
| 脚色: | 須崎勝彌 スザキカツヤ |
| 企画: | 広川聰 |
| 撮影: | 西垣六郎 ニシガキロクロウ |
| 音楽: | 伊福部昭 イフクベアキラ |
| 美術: | 進藤誠吾 シンドウセイゴ |
| 録音: | 中井喜八郎 ナカイキハチロウ |
| 照明: | 傍土延雄 |
| キャスト(役名) |
| 岡田英次 オカダエイジ (朝倉少尉) |
| 木村功 キムライサオ (玉井少尉) |
| 宇津井健 ウツイケン (村瀬少尉) |
| 高原駿雄 タカハラトシオ (川村少尉) |
| 和田孝 ワダタカシ (岡田少尉) |
| 沼田曜一 ヌマタヨウイチ (関屋中尉) |
| 原保美 ハラヤスミ (陣之内大尉) |
| 加藤嘉 カトウヨシ (石丸中尉) |
| 細川俊夫 ホソカワトシオ (有馬少佐) |
| 信欣三 シンキンゾウ (田辺一水) |
| 殿山泰司 トノヤマタイジ (大野上水) |
| 小高まさる コダカマサル (松本上飛曹) |
| 佃田博 ツクダヒロシ (北村兵曹) |
| 津島恵子 ツシマケイコ (真鍋早智子) |
| 坪内美子 ツボウチヨシコ (碇荘の女将千代) |
| 解説 |
| 回天特別攻撃隊員津村敏行の手記を、「若者よ! 恋をしろ」の須崎勝彌が脚色したもので「慈悲心鳥」の松林宗恵、西垣六郎が夫々監督、撮影に当っている。出演者は「億万長者(1954)」の岡田英次、木村功、「女性に関する十二章」の津島恵子、「慈悲心鳥」の和田孝、細川俊夫、高原駿雄、沼田曜一、宇津井健、信欣三、原保美などである。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 戦争末期、某海軍基地では戦局挽回のために、水中時攻艇回天の猛訓練が行われていた。隊員の大半は学校出身の予備士官だった。多くの犠牲者を出し、また同期生岡田が命を失ったことから、彼等はこの作戦に対し、懐疑的になっていた。学校士官関屋中尉は彼等を理解し、大野上水、田辺一水等は彼等に同情したが、隊長陣之内大尉は軍人精神で押切っていた。出撃した村瀬少尉と、北村兵曹が生還した。玉井少尉等は喜んだが、同輩に罵倒された北村は一人悩んでいた。出撃を前に訓練は激しくなり、北村は疲労と、母親恋しさから精神錯乱を起し、自殺した。出撃命令が下りた。川村少尉は自分の回天に珠数をかけて祈り、ある者は碇荘で酒と女に我を志れた。玉井は碇荘の一室で、恋人早智子と最後の逢瀬を楽しんだ。朝倉少尉は一人宿舎に残り、田辺一水と語り明かした。関屋、朝倉、村瀬、玉井等を乗せた潜水艦が出発した後、早智子はひかれるように海に身を投じた。潜氷艦が赤道直下に至る頃、敵の駆逐艦に会い危くなった。関屋は回天に乗り、駆逐艦に体当りをした。艦隊司令から帰投命令をうけた時、敵艦隊の出港をキャッチした。朝倉、玉井、村瀬等は最後の別れを告げ回天に乗った。故障して海底に横たわる朝倉、早智子の写真を見つめて突っ込む玉井、必死に目標を追い突撃する村瀬。潜水艦は成功の喜こびに湧いたが、爆撃を受け浮上不能となり、回天に続いて自爆した。 |
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回天
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/07 20:12 UTC 版)
(人間魚雷回天 から転送)
回天(かいてん)は、旧日本海軍の特攻兵器の一つで、人が乗り組み操縦できるよう、九三式三型魚雷(通称「酸素魚雷」)を改造した人間魚雷。
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- ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 325頁
- ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 325頁
- ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 326-327頁
- ^ 黒木の操縦する回天が荒波にのまれて海底に沈挫。同乗の樋口大尉と共に、艇内で窒息死するまで冷静な事故報告書と遺書を残した。
- ^ 1944年10月21日には神風特別攻撃隊(航空特攻)が開始された。 10月25日、関行男大尉率いる敷島隊出撃(米護衛空母セント・ロー撃沈)。
- ^ 白木一郎一飛曹のみ回天の故障により帰還
- ^ 別冊歴史読本『日本海軍軍艦総覧 戦記シリーズ37』27頁
- ^ 斉藤寛/「鉄の棺」/光人社NF文庫-206頁
- ^ #吉田、指揮官264頁
- ^ #吉田、指揮官265頁
- ^ 発進したのは多門隊伊五三潜・勝山淳中尉(没後少佐)の回天。唯一、誰の艇によるものかがわかる戦果となった。
- ^ 原爆を運んだインディアナポリスの撃沈は、米海軍最大の惨事となった。その後マクベイ艦長は軍法会議にかけられ、1968年に自殺している。
- ^ #吉田、指揮官273頁
- ^ #吉田、指揮官262頁
- ^ #吉田、指揮官263頁
- ^ #吉田、指揮官274頁
- ^ 戦時中の予科練宿舎が解体された後に、木造の小学校校舎として転用されていたもので、1965年(昭和40年)頃ふもとの旧回天組み立て工場跡に鉄筋コンクリート二階建ての新校舎が出来、学校が移転して使用されなくなった。学校はその後大津島小学校と改名。
- ^ 個人運営サイト「愛国顕彰ホームページ-回天作戦の展開」
- ^ この映画の撮影の際、検証に立ち会っていた小灘利春(元第二回天隊隊長)のもとに主演の鶴田浩二がやってきて、耳元で「自分は本当は特攻隊員じゃなかったんです。整備兵だったんです」とそっと打ち明けたという(鶴田は特攻崩れとして売り出し戦後の大スターとなった)。
- ^ 主演の市川海老蔵は、当時の搭乗員と比べかなり体が大きく、撮影に使われた回天のコクピットは、リアリティーを持たせるため実際よりも2割ほど大きく作られていた。
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