五・一五事件とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|基本情報|動画|文献|商品|全文検索|用例

三省堂 大辞林

三省堂三省堂

ごいちごじけん 【五/一五事件】

1932年昭和7)5月15日農村窮乏政治腐敗に憤った海軍青年将校らが、民間愛郷塾などの右翼と結んで起こした、首相官邸日本銀行などを襲撃首相犬養毅殺害された事件政党内閣時代終わり軍部発言力が強くなった。


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

五・一五事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 12:06 UTC 版)

五・一五事件(ご-いち-ご じけん)は、1932年(昭和7年)5月15日に起きた大日本帝国海軍の青年将校を中心とする反乱事件。武装した海軍の青年将校たちが首相官邸に乱入し、犬養毅首相暗殺した。


  1. ^ 元々、犯人の青年将校らは問答などに時間をとられては殺害に失敗する恐れがあるため、犬養を見つけ次第射殺する計画だった。
  2. ^ 時の首相犬養毅が殺害された際の「話せば分かる」「問答無用、撃て!」のやり取りが有名だが、これは犬養毅の最期の言葉というわけではない。 「話せば分かる」「問答無用」という言葉については、元海軍中尉山岸宏の次の回想がある。

    『まあ待て。まあ待て。話せばわかる。話せばわかるじゃないか』と犬養首相は何度も言いましたよ。若い私たちは興奮状態です。『問答いらぬ。撃て。撃て』と言ったんです。

    また、元海軍中尉三上卓は裁判で次のように証言している。

    食堂で首相が私を見つめた瞬間、拳銃の引き金を引いた。弾がなくカチリと音がしただけでした。すると首相は両手をあげ『まあ待て。そう無理せんでも話せばわかるだろう』と二、三度繰り返した。それから日本間に行くと『靴ぐらいは脱いだらどうじゃ』と申された。私が『靴の心配は後でもいいではないか。何のために来たかわかるだろう。何か言い残すことはないか』というと何か話そうとされた。その瞬間山岸が『問答いらぬ。撃て。撃て』と叫んだ。黒岩が飛び込んできて一発撃った。私も拳銃を首相の右こめかみにこらし引き金を引いた。するとこめかみに小さな穴があき血が流れるのを目撃した。

  1. ^ 農本主義者橘孝三郎の指導する茨城県の愛郷塾生より成っていた。大川周明等も資金縁者や武器を供給していた。(遠山茂樹・今井清一・藤原彰『昭和史』[新版] 岩波書店 〈岩波新書355〉 1959年 91ページ)
  2. ^昭和史発掘
  3. ^ 『昭和動乱期の回想』


「五・一五事件」の続きの解説一覧




固有名詞の分類



「五・一五事件」の用例一覧


五・一五事件に関係した商品



五・一五事件のページへのリンク

[PR] おすすめ情報

「五・一五事件」の関連用語
五・一五事件のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「五・一五事件」を見る
_ _   


五・一五事件のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2012 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの五・一五事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS