乾漆四天王立像とは? わかりやすく解説

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乾漆四天王立像(法華堂安置)

主名称: 乾漆四天王立像(法華堂安置
指定番号 31
枝番 00
指定年月日 1952.03.29(昭和27.03.29)
国宝重文区分 国宝
部門種別 彫刻
ト書
員数 4躯
時代区分 奈良
年代
検索年代
解説文: 奈良時代作品

乾漆四天王立像〈/(所在金堂)〉

主名称: 乾漆四天王立像〈/(所在金堂)〉
指定番号 1718
枝番 00
指定年月日 1909.09.21(明治42.09.21)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 彫刻
ト書
員数 4躯
時代区分 飛鳥鎌倉
年代
検索年代
解説文: 飛鳥鎌倉時代作品

乾漆四天王立像

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 06:33 UTC 版)

當麻寺」の記事における「乾漆四天王立像」の解説

重要文化財金堂須弥壇四隅護る持国天立像増長天立像広目天立像の3体は日本最古乾漆像である。日本における四天王像作例としては、法隆寺金堂像に次いで2番目に古い。また、日本における乾漆造作例としても最古属す貴重な作品である。後世四天王像一般に激し動き表し威嚇的ポーズを取るのに対し當麻寺四天王像静かな表情直立しており、その顔貌には異国風が感じられる。各像とも補修や後補部分が多く多聞天像は全体鎌倉時代後期頃の木造に代わっている。他の像も後補部分が多く増長天像は下半身のすべてと両襟、両袖などが木造の後補であり、広目天像は頭部、両襟、両手前腕部などに当初のものを残すほか、体部大部分木造の後補である。比較的当初の乾漆層を残すとされる持国天像も下半身両袖などには大幅に修理の手入っている。

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乾漆四天王立像

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 09:27 UTC 版)

東大寺の仏像」の記事における「乾漆四天王立像」の解説

国宝奈良時代像高持国天309センチ増長天300センチ広目天304センチ多聞天310センチ法華堂内、須弥壇四隅に立つ4体一具の像。材質本尊不空羂索観音同じく脱活乾漆である。東南隅に東方守護する持国天像が立ち、以下、西南隅に南方守護増長天像、西北隅に西方守護広目天像、東北隅に北方守護多聞天像が立つ。 金剛力士一対のうち阿形 四天王像のうち広目天

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