丹波奉親
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/29 01:39 UTC 版)
丹波 奉親(たんば の ともちか)は、平安時代中期の貴族。氏は但波とも表記される[2]。丹後守・丹波行衡の子。官位は正五位下・加賀守。
- ^ a b 『権記』寛弘8年12月18日条
- ^ 奉親は「丹波宿禰」であったが父である丹波行衡の時代に「但波朝臣」に改姓したことが『権記』長保元年12月15日条より知られる。
- ^ 『小右記』寛弘8年2月4日条
- ^ 井上.2012, p. 210.
- ^ 『御堂関白記』長和2年4月9日条
- ^ 長和4年8月1日宣旨(『類聚符宣抄』巻6(文譜)所収)
- ^ 曽我.1983, p. 26.
- ^ 『小右記』寛仁元年7月9日条
- ^ 曽我.1983, p. 28.
- ^ 『小右記』治安元年11月4日条
- ^ a b 永井.1998, p. 31.
- ^ 『小右記』長元2年9月15日条
- ^ 『法住寺相国記』
- ^ 『朝野群載』第20,長保3年4月2日奉親陳状
- ^ 『勘例』
- ^ a b 『権記』
- ^ 『朝野群載』第20
- ^ 『御堂関白記』
- ^ 『東大寺文書』「東南院文書」46
- ^ a b 『小右記』
- ^ 『左経記』
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