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中島らも
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/31 03:03 UTC 版)
中島 らも(なかじま らも、1952年4月3日 - 2004年7月26日)は、兵庫県尼崎市出身の小説家、戯曲家、随筆家、俳優、コピーライター、広告プランナー、ミュージシャン。笑殺軍団リリパットアーミー主宰、自主的団体「全国まずいもの連盟」会長[1]。本名は中島裕之(なかじま ゆうし)。「らも」というペンネームの由来は、無声映画時代の剣戟俳優羅門光三郎から。当初は「羅門」「Ramon」「らもん」等のペンネームで雑誌に詩の投稿をしており、仲間内でも「らもん」を名乗っていたが「読者に名前を覚えてもらいやすいように」と現ペンネームに改名した。一男一女の父で、長女は作家の中島さなえ。
- ^ 美食を追求する昨今、飲食店として致命的な不味さの料理を愛でて批評する会。会員は発起人の本人のみ。
- ^ 後の中島がそうであったように父親も躁鬱病を患っており、小学生だった中島に突然「裕ちゃん、今日は太陽が西から昇る」と言い出しそのまま入院となったり、自宅の庭にローラースケート場やプールを突発的に自作したり、大量の砂糖を備蓄したり、弓を始めたり、突然宗派を変えたりといった奇行を度々繰り返していた。また叔父は酒屋を経営していたが失敗、泥酔して中島家に無心に来て断られては玄関先で暴れていた。後に中島は「躁鬱病は父親から、アル中は叔父から受け継いだ」と語っている
- ^ 大阪弁で「死んでしまえ」の意味
- ^ 大日本除虫菊の殺虫剤「キンチョール」のキャッチコピー「トンデレラ・シンデレラ」などで知られる電通大阪支社所属のコピーライター。1985年の日本航空123便墜落事故で死去
- ^ 「食べることに困ることが無いように」との願いを込め息子に「穂」、娘には「苗」の字をつける
- ^ 同社には5年勤続し、中島退社後約1年で倒産
- ^ 中島美代子著『らも 中島らもとの三十五年』・2008年2月TBS『人生情報バラエティ「R30」』 より
- ^ 同社の宮前賢一社長は、藤島の関西学院大学時代の1年先輩に当たる
- ^ 2007年、厚生労働省が、うつ病の治療薬からリタリンを除外
- ^ 灘高校時代の同級生、村上は常務を務めていた。現在は代表取締役社長
- ^ 夫人の証言によれば、本人は生前から「俺は階段から落ちて死ぬ」「植物状態になったら、すぐに殺してほしい」と語っていたという。
固有名詞の分類
中島らもに関連した本
- 今夜、すベてのバーで (講談社文庫) 中島 らも 講談社
- ガダラの豚 1 (集英社文庫) 中島 らも 集英社
- ガダラの豚 2 (集英社文庫) 中島 らも 集英社
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