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中区 (横浜市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/31 01:22 UTC 版)
座標: 北緯35度26分40.9秒 東経139度38分31.8秒 / 北緯35.444694度 東経139.642167度
| なかく 中区 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 神奈川県 |
| 市 | 横浜市 |
| 団体コード | 14104-6 |
| 面積 | 20.86km² |
| 総人口 | 146,078人 (推計人口、2011年12月1日) |
| 人口密度 | 7,000人/km² |
| 隣接自治体 隣接行政区 |
横浜市:西区、南区、磯子区 |
| 区の花 | チューリップ |
| 中区役所 | |
| 所在地 | 〒231-0021 神奈川県横浜市中区日本大通35番地 |
| 外部リンク | 中区ホームページ |
| ウィキプロジェクト | |
中区(なかく)は、横浜市を構成する18行政区のうちのひとつである。
目次 |
区勢
神奈川県庁や横浜市庁、横浜地方裁判所、神奈川県警察本部など、神奈川県内の行政機関が集中している中心的な区である。金融機関や企業の本店・支店も多い。近年は都心回帰や、みなとみらい線開通の影響によりマンションが増えたため、人口は増加傾向にある。横浜市で人口の4.0%(2009年10月)、面積の4.7%(同)をしめる。
区の特徴として歴史的に国際色豊かであるため、人口における外国人登録人口が11.1%(2009年10月)と横浜市平均の2.2%(同)、全国平均の1.7%(2008年12月)と比べ高い。また、中華街を擁するため中国籍の割合が54.2%(2009年10月)と最も高い。横浜市全体の41.5%(同)と比べても高いことが分る。次いで韓国・朝鮮籍が17.5%(同)、フィリピン籍が5.8%(同)、米国籍が5.0%(同)と続いている[1]。
地理
北部の平地には港側からビジネス街、繁華街、そして住宅街が主体になっている。中南部は内陸側が高台で「山手町」を中心としたいわゆる「山手」と呼ばれる地区は昔からの住宅地である。海岸側は全て埋め立てられて自然海岸は無く、北は新港・山下公園などの観光地で、南は埠頭・製油所などの重化学工業地帯で、横浜港の中心となっている。
川は北部を大岡川と分流である中村川が横断している。2002年にはタマちゃんが現れ話題になったことがある。交通は区内の中央をJR根岸線が縦断し、国道や首都高速は北部を縦横断して中南部は海岸沿いを通っている。
歴史
1859年、横浜港が開港する。関内地区を居留地として外国人で栄える。
戦前は絹の貿易で栄え、バルモン商会やシーベル・ブレンワルト商会など、多くの外国商社が軒を連ねていた。本町通りの一本南側にある「シルク通り」は、その名残である。インド人商人なども多かったが、現在は大半が他都市に移動するか帰国している。また英国総領事館やフランス領事館も中区に置かれていた。
航空機が移動手段の主流になる以前は、貨客船などで海外に出る移民の多くがこの地を訪れており、移民乗船の斡旋と宿泊業を行う外航旅館(移民宿)が多かった。また、山手にはかつてイギリス軍やフランス軍が駐屯していた。「フランス山」などの地名はその名残である。フランス山は、フランス軍撤退後フランス領事館が置かれるなど幕末以降1971年横浜市が購入するまで一貫してフランス政府が所有した。
第二次世界大戦後は区内の大半がアメリカ軍に接収され、復興に大きな支障を来した。1970年代から1980年代にかけて主な接収は解除となったが、現在も根岸森林公園に隣接する区南西部には南区・磯子区にまたがる根岸住宅地区が存在する。また、横浜カントリー・アンド・アスレティック・クラブ (YC&AC) などの外国人向けのスポーツクラブやインターナショナルスクールがある。
沿革
- 1859年7月4日 - 横浜対外開港
- 1899年 - 外国人居留地回収
- 1927年10月1日 - 横浜市の区制施行に伴い誕生。
旧横浜区及び久良岐郡中村、本牧村、根岸村(西根岸町を除く)、戸太町(平沼地区を除く)、大岡川村、日下村(日野・笹下のみ)、及び橘樹郡保土ケ谷町下岩間の大部分を区域とする。 - 1930年 - 山下公園開園
- 1936年10月1日 - 鎌倉郡永野村を編入。(後に南区として分区、現在の港南区西部)
- 1943年12月1日 - 南区を分区。(寿・大岡両警察署管内)
神奈川区より戸部警察署管内の各町を編入。西久保町を保土ケ谷区へ編入。 - 1944年4月1日 - 西区を分区。(戸部警察署管内)
- 1945年5月29日 - 横浜大空襲。死傷者・行方不明者あわせて1万4157人。
- 1945年 - 区内面積の74パーセントが米軍による接収を受ける。区内の港湾施設の約9割も接収を受ける。
- 1952年 - 大さん橋の接収が解除。
- 1982年3月31日 - 本牧・新山下地区が返還され、住宅地などが造営される。
行政
- 区長:牧野孝一(2011年5月 - )
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