下宿
『こころ』(夏目漱石) 日清戦争(1894~95)が終わった頃。大学生であった「先生」は、戦争未亡人の家に下宿する。その家の1人娘であるお嬢さんに、「先生」は恋心を抱く。「先生」は、親友Kが経済的に困窮しているのを見かね、自室の隣にKを住まわせる。ところが、Kもお嬢さんに恋をしてしまったので、「先生」はKを出し抜いて、いそいでお嬢さんと婚約する。Kは、「先生」とお嬢さんの婚約を知らされてから3日ほど後に自殺する。
『破戒』(島崎藤村) 瀬川丑松は蓮華寺に下宿していた。蓮華寺には、養女の志保という娘がいた。丑松と志保は互いを思慕するが、2人とも思いを相手に伝えることはなかった。しかし、丑松が自らの素性を告白して町を去らねばならなくなった時(*→〔出生〕1a)、志保は「丑松と将来をともにしたい」との意志を明らかにした。
『氷点』(三浦綾子)「ねむり」 太平洋戦争(1941~45)末期。北大理学部の学生・中川光夫は、下宿先の人妻・三井恵子と恋愛関係になった。終戦を迎え、恵子の夫(=三井弥吉)が復員する直前に、恵子は中川光夫の子を身ごもる。ところが出産の半月前に、中川光夫は心臓麻痺で急死してしまう。恵子は女児を産み、女児は医師辻口家の養女となって、「陽子」と名づけられる。
★1b.青年が、親類・縁者の家に寄宿し、その家の娘に恋をする。
『浮雲』(二葉亭四迷) 内海文三は叔父の家に寄宿し、苦学して下級官吏となる。23歳の文三は従妹のお勢と恋仲になり、叔母お政も2人を結婚させる心積もりであった。しかし役所の人員整理で文三が免職されるやいなや、お政は態度を一変させて、文三に辛く当たるようになる。お勢は、文三の同僚で世渡り上手な本田昇に心を移す。
『金色夜叉』(尾崎紅葉) 間貫一は幼くして母を失い、15歳にして父を失った。かつて貫一の父から恩を受けた鴫沢隆三が、貫一を引き取り、世話をして、10年が過ぎる。貫一は鴫沢家の1人娘お宮と許婚(いいなずけ)になるが、お宮は貫一を捨て、金満家・富山唯継と結婚する。
*大学生の勉は秋山家に寄宿するが、秋山の妻・道子と勉は、従姉弟どうしの関係であった→〔地名〕5の『武蔵野夫人』(大岡昇平)。
『悪魔』『続悪魔』(谷崎潤一郎) 大学生の佐伯は、叔母とその娘照子の住む家に寄宿する。神経衰弱気味の佐伯は、肉感的な照子の存在に心乱れる。一方、住み込みの書生・鈴木は、「自分が照子の許婚だ」と思っており、佐伯が照子に近づかぬよう、けん制する。しかし佐伯は照子に誘惑されて、関係を持ってしまう。鈴木は、「復讐する」との書き置きを残して姿を消す。翌晩、庭先に忍び込んだ鈴木によって、佐伯は刃物で喉をえぐられ、殺される。
★1d.寄宿・下宿先の娘と性関係を持った後に、棄ててしまう。
『灰燼』(森鴎外) 山口節蔵は、父と古い縁故のある谷田家に書生として寄宿する。節蔵は、谷田家の1人娘お種(種子)と性関係を持ち、妊娠させておいて、棄ててしまう。谷田家では、ただちにお種に婿養子を取る。月足らずで女児が生まれるが、それは節蔵の子である〔*『灰燼』は未完の小説である。冒頭部分、書生時代から8~9年を経て、節蔵が谷田家の主人の葬儀に参列し、お種が怒りの目で節蔵を見た、とあることなどから、以上のような関係が想定できる〕。
『正直者』(国木田独歩) 「私(澤村)」は19歳で小学校教師となり、下宿先の娘おしんに恋されて、関係を持った。「私」は結婚する気はなかったので、校長から知恵を借りて、おしんの母親に告げる。「下宿屋にいて下宿の娘と結婚するのは、外聞が悪い。いったん私は校長の家へ移り、1ヵ月後に、校長から結婚の申し込みをします」。約束の1ヵ月後、校長はおしんの母親を訪れ、「澤村は結婚するには、まだ若い。当分勉強させたい」と、言葉巧みに破談にした。
★2.近世の、商家に住みこみで働く男が主人の妹や娘と恋仲になる物語が、下宿の恋の原型であろう。
『おせつ徳三郎』(落語) 大店(おおだな)の1人娘おせつと奉公人徳三郎が、人目をしのぶ仲となる。主人がこれを知って、徳三郎に暇を出し、おせつに婿を取る。おせつと徳三郎は心中しようと、「南無妙法蓮華経」とお題目を唱え、深川の木場の橋から飛びこむ。しかし下に筏(いかだ)があったため2人は死なず、「お材木(お題目)で助かった」と言う〔*落ちは→〔三題噺〕1の『鰍沢』と同じ〕。
『好色五人女』巻1「姿姫路清十郎物語」 但馬屋の手代・清十郎は、主人の妹お夏と恋仲になり駆落ちする。しかし捕えられ、清十郎は小判紛失の濡れ衣を着せられて、処刑される。お夏は清十郎の刑死を知って乱心し、「向かい通るは清十郎じゃないか。笠がよく似た、すげ笠が」と歌ってけらけら笑い、さまよい歩いた。
『春琴抄』(谷崎潤一郎) 大阪道修町の薬種商・鵙屋の娘春琴は、天保8年(1837)、9歳の時に失明した。その年、丁稚として奉公に上がった13歳の佐助が、春琴の身の回りの世話をし、後には、春琴を師匠として琴・三味線を習得した。2人の間には子供もできたが、春琴は佐助との仲を否定し、子供は里子に出した。
『新版歌祭文』 油屋の1人娘お染は、丁稚・久松と関係を結ぶ。お染は久松の子を宿して、すでに5ヵ月になる。お染は山家屋へ嫁入りせねばならず、婚礼の日が迫って来るので、大晦日の夜にお染と久松は心中する。
『家族の肖像』(ヴィスコンティ) 初老の教授が広いアパルトマンに、家政婦を置いて住んでいる。実業家夫人ビアンカがアパルトマンの2階部分を借り、左翼の活動家青年コンラッド、夫人の娘リエッタ、その恋人ステーファノが、出入りする。彼らは勝手に2階を改装する。コンラッドは夫人の愛人でありながら、娘リエッタとも関係を持つ。教授は彼らを嫌いつつ、いつしか彼らに「家族」を感じる。しかし夫人とコンラッドは口論して別れ、皆、教授のもとを去る。何日か後、コンラッドは2階へ戻って来て爆死する。リエッタが「自殺じゃなくて殺されたのよ」と言う。以後、教授は病床に臥す。
『冬の宿』(阿部知二) 大学卒業間近の「私」は、郊外の素人下宿で一冬を過ごした。主人の霧島嘉門は欲望のままに行動する男で、酒を飲み、娼婦を買い、賭け事をし、暴力をふるって、勤務先を馘首される。彼の妻まつ子は敬虔なクリスチャンで、夫を憎みつつも別れようとはしない。「私」は嘉門と気が合い、一緒に酒を飲んだりするが、嘉門が、まつ子と「私」の間を疑ったことがきっかけで、「私」は下宿を出る。嘉門の浪費のために一家の生活は破綻する。彼らの子供2人は親戚に引き取られ、嘉門とまつ子は貧民窟へ引っ越す。
『下宿人』(ヒッチコック) 謎の殺人鬼による金髪美女連続殺人事件が、世間を騒がせている頃。老夫婦の営む下宿屋に、1人の青年が下宿する。青年は、下宿屋の1人娘デイジーと仲良くなるが、深夜の外出など不審な行動が多いので、殺人鬼と見なされ逮捕される。実は青年の妹も殺人鬼に殺されたのであり、青年は妹の仇を討つために、殺人鬼を追っていたのだった。真犯人がつかまって青年の疑いは晴れ、青年とデイジーは、めでたく結ばれる。
★6.下宿を捜す。
『男はつらいよ』(山田洋次)第9作「柴又慕情」 竜造は、「とらや」の2階を誰かに貸し、毎月もらう部屋代を貯めて、博・さくら夫婦が家を建てる時の足しにしよう、と考える。そこへ寅次郎が久しぶりに帰って来るが、「貸間あり」の札を見て、「もう俺の居場所はないのだ」と思う。彼は不動産屋をまわって、家賃の安い下宿を捜す。不動産屋が「いい物件があります」と言って、寅次郎を連れて行った先は、「とらや」だった。
『緋色の研究』(ドイル) 「私(ワトソン)」はインドでの軍務を終えた後、ロンドンでホテル暮らしをしていたが、費用がかかるので、どこか質素な下宿へ移ろうと考える。街で出会った知人から、「良い下宿を見つけても部屋代が高く、1人で払うのは負担だと言う男がいる」と聞いて、「私」はその男と共同で、部屋を借りることにする。こうして「私」とシャーロック・ホームズは、ベイカー街221Bに住むようになったのだ。
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