レット・イット・ビー_(映画)とは?

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レット・イット・ビー (映画)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/07 23:32 UTC 版)

レット・イット・ビー
Let It Be
監督 マイケル・リンゼイ=ホッグ
製作総指揮 ザ・ビートルズ
製作 ニール・アスピノール
マル・エヴァンス
出演者 ジョン・レノン
ポール・マッカートニー
ジョージ・ハリスン
リンゴ・スター
ビリー・プレストン
音楽 フィル・スペクター
撮影 アンソニー・B・リッチモンド
配給 ユナイテッド・アーティスツ
公開 1970年5月20日(イギリス)
上映時間 81分
製作国 アメリカ/イギリス
言語 英語
allcinema
キネマ旬報
IMDb
  

レット・イット・ビーLet It Be)はビートルズが1969年1月に行ったセッション(ゲット・バック・セッション)と、彼らの最後のライヴ・パフォーマンスとなった「ルーフトップ・コンサート」の模様を記録した、ドキュメンタリー映画である。

当初の映画の目的はビートルズのリハーサルとライブ演奏を見せることであった。しかし、メンバーの心はバラバラに分かれ始め、結果的に本作は解散に向かうビートルズの姿を記録するものとなった。

クレジットは「APPLE an abkco managed company presents」となっており、ビートルズの会社「アップル・コア」と、当時のビジネスマネージャーだったアラン・クラインの会社「アブコ」が名を連ねている。

目次

スタジオ・セッション

1969年1月2日、ビートルズはトゥイッケナム・フィルム・スタジオにてセッションを開始し、映画クルーによってその模様が撮影された。慣れないスタジオでの作業、常に撮影をされていることなど、緊張と不満がビートルズの中に存在し、彼らはトゥイッケナム・スタジオの状態と仕事のスケジュールも嫌がっていた。彼らは朝早くからセッションを始めるよりは彼らが普段録音していたアビー・ロード・スタジオでいつもやっているように夜遅くにセッションを行いたかった。

1月10日ジョージ・ハリスンはバンドからの離脱を告げた[1]が、フィルムには記録されなかった。彼は戻ってくるように説得され、1月22日からはロンドン、サヴィル・ロウにあるアップル・コア内の録音スタジオに場所を移し、セッションを再開した。アップルでのセッションの際、ハリスンは電子ピアノオルガン演奏をしてもらうためにキーボード奏者のビリー・プレストンを連れてきた。[2]

バンド内での衝突は映画から抜け落ちているが、作品中ではマッカートニーとハリスンの間での口論や、マッカートニーとレノンの噛み合ない会話など、バンド内で漂う不協和音を感じさせる場面も含んでいる。映画で演奏された曲は多くがアルバム「レット・イット・ビー」に収録されたが、1969年夏にバンドが再集合した時のアルバム「アビイ・ロード」の数曲も含まれている。スタジオでのセッションの場面は1969年1月31日、アップルにてビートルズがトゥ・オブ・アスザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードレット・イット・ビーの完成版の演奏を行っている場面で終了する。[3]

ルーフトップ・コンサート

映画プロジェクトの元々の構想では最後にライブショー(1966年8月29日サンフランシスコキャンドルスティック・パークで最後のツアーを終えてから初の公式なライブ・パフォーマンス)で終わるというものであった。しかしライブの方法についての意見はなかなかまとまらなかった。ポール・マッカートニーはビートルズが初期に行っていたように小さいクラブで演奏することを主張し、ジョン・レノンアフリカのような海外で行うことを主張した。(しかし、彼はまた皮肉っぽくライブを精神病院で行うことを望んでいた。)リンゴ・スターイングランドにとどまるよう要求し、ジョージ・ハリスンはどんなライブ・パフォーマンスにもほとんど興味を示さなかった。

結局、ライヴの方法はアップル本社の屋上において予告無しでコンサートを行うことで解決した。ビートルズはプレストンと一緒に1969年1月30日、ゲリラ的にライヴ演奏を行った。映画は屋上から大音量で鳴り響く演奏に驚くロンドンの住民たちの姿も記録されている。映画は駆けつけた警察官によって演奏が止められ、コンサートが終了するところで終わる。ルーフトップ・コンサートはビートルズの最後の公式なライヴ・パフォーマンスとなった。

ビートルズはルーフトップ・コンサート中に5曲演奏している。「ゲット・バック」(3回)、「ドント・レット・ミー・ダウン」(2回)、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」(2回)、「ワン・アフター・909」と「ディグ・ア・ポニー」である。(ビートルズは短くしたゴッド・セイヴ・ザ・クイーンと短いリハーサルのアイ・ウォント・ユーも演奏したが、その間セカンドエンジニアのアラン・パーソンズがテープの入れ替え作業をしており、この演奏は映画から省かれてしまった。)[4]

最後の曲が終わってから、マッカートニーが「Thanks Mo!」と言うのが聞こえる。これはモーリーン・スターキーが大きな拍手と励ましを送ったことに応えたものである。それからレノンがよく知られた言葉である「I'd like to say 'thank you' on behalf of the group and ourselves, and I hope we passed the audition!」[4]で閉じた。このやりとりはアルバム「レット・イット・ビー」の最後に追加された。

映画「レット・イット・ビー」内の曲

特記されている以外のすべての曲のクレジットはレノン=マッカートニーである。

  • "Piano Theme"
ポールのアドリブで演奏されたピアノソロ。
サビのみ。
ポールがコードをメンバーに教えながら演奏する。ロード・マネージャーのマル・エヴァンズが金属の塊をハンマーで叩いて演奏に参加する。この後のシーンでジョージがマイクで感電しポールが「ジョージが死んだら君ら(スタッフ)はオシマイだぞ」とジョークを言う。
ポールがベース、ジョンとジョージがエレキ・ギターを弾く、かなりアップ・テンポなバージョン。
演奏終了後、ポールがジョンに対して執拗にチョーキングのニュアンスを指示する(結局最後のライヴではそのパートをジョージが弾くことになる)。この後、アルバムでは「フォー・ユー・ブルー」の冒頭に収録されているジョンの一言あり。
ポールのピアノ弾き語りによるワンフレーズのみ。
  • "Too Bad About Sorrows"
ポールの昔話の中で口ずさむ。
アルバム収録版にかなり近い仕上がり。
  • "Whole Lotta Shakin' Goin' On (Piano Boogie)" (David Williams)
ポールとリンゴがピアノ連弾で歌う。
ポールの執拗な指示に対しジョージと口論になる。ポールは「ヘイ・ジュード」のギタープレイについての議論を蒸し返し、ジョージは「もうそんなことはどうでもいい。君の言う通りにするさ。弾くなって言うなら別に弾かなくてもいいんだぜ」と言い、場が険悪になる。そんな中でジョンが「『Nothing Is Gonna Change My World』の回数を変えよう」と言ってこの曲が始まる(ジョンのこの提案の撮影は口論とは別の日であった)。
まだ仕上がっていない。
  • "Suzy Parker" (Lennon/McCartney/Harrison/Starkey;映画内で実際には"Suzy's Parlour"と呼ばれていた)
ブルース進行のアドリブ演奏で、ジョンがボーカル、ポールが合いの手とスキャット。
ジョージがリンゴに初めてこの曲を弾き語りで聞かせている場面から、ポールも交えてバンド形式に移る。ジョンは演奏に参加していないようだが、この曲に合わせてヨーコとワルツを踊る映像がかぶせられている。この曲までトゥイッケンナム・スタジオでの収録。
この曲以降、アップル・スタジオでの収録。場所が変わったためか、和やかでリラックスした演奏になっている。
  • "Bésame Mucho" (Consuelo Velázquez/Sunny Skylar)
ポールがボーカル。ザ・ビートルズ・アンソロジー1等に収録されている初期バージョンとは異なり、ゆったりとしたテンポで、オリジナルに近い。
ポール不在のスタジオで、リンゴが作曲途中のこの曲をピアノで弾き語りでジョージに聴かせている。ジョージにコード進行のアドバイスを受けている様子が分かる。その後ポールが娘を連れて入ってきて「ひどい曲だな」とけなし、ジョージが「いじってるだけさ」と言う。その後、セッションの準備をし始める。その途中、カメラはポールの娘を追い、リンゴのドラムを叩き、リンゴがおどけてキョロキョロする様子が撮影されている。
ビリー・プレストン(電子ピアノ)も加わり、オールディーズナンバーを歌う。ウィズ・ザ・ビートルズバージョンと異なり、ポールがピアノ、ジョンが6弦ベース。
ボサノヴァ風にポールが口ずさむ。
  • "Shake Rattle and Roll" (Jesse Stone (変名のCharles E. Calhounを使った))
再びオールディーズナンバー。ザ・ビートルズ・アンソロジー3にも収録。
オールディーズナンバーのメドレー。「カンサス・シティ」は、ビートルズ・フォー・セールバージョンとは異なり、「ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ」とのメドレーになっておらず、オリジナルのものに近い。ジョージのイントロでポールが「ミス・アン」だと勘違いし、歌いだしが「カンザス・シティ」と被ってしまう。その後、「ミス・アン」に移る。
アルバムには数十秒にカットされているが、もともとは十数分もの長い曲であった。映画では4分程度に編集。ジョンが6弦ベースをコード弾きしながらアドリブで歌う。
アルバム収録版とほぼ同じ。エンディングのジョンの口笛はアルバムとは異なる。ジョージはオール・ローズ・テレキャスターの低音弦でベース・ラインを弾いている。
レット・イット・ビー...ネイキッド収録版とほぼ同じ。
レット・イット・ビー...ネイキッド収録版とほぼ同じ。
ルーフトップ・コンサートより。

ゲット・バック・セッション中に演奏したものの、映画「レット・イット・ビー」では取り上げられなかった曲は次のものが挙げられる。「ラヴ・ミー・ドゥ」、「アイ・ウォント・ユー」、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、「レディ・マドンナ」、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」、「浮気娘」、「オール・シングス・マスト・パス」(Harrison)、「バック・シート」(McCartney)、「チャイルド・オブ・ネイチャー」(Lennon) -この曲は後に「ジェラス・ガイ」へ作り直された-、「エヴリナイト」(McCartney)、「テディ・ボーイ」(McCartney)、「真実が欲しい」(Lennon)、そして「アイ・ロスト・マイ・リトル・ガール」(McCartney)、この曲はマッカートニーが14歳の時初めて作った曲である。[1][2][3][4][5]

プレミアと受賞

映画はLiverpool Gaumontにて1970年5月20日、プレミアショーが行われ、その年のアカデミー賞編曲・歌曲賞グラミー賞の映画音楽賞を受賞した。[6] ビートルズは誰もアカデミー賞の授与式に参加しなかった。

映画のソフト化

映画は1980年代の始めに、クレジットで名を連ねている解散当時のビジネス・マネージャー、アラン・クラインの手によってソフト化されたものがリリースされたが、ビートルズ側が「アブコ」側での勝手なリリースにストップをかけ、販売が中止となる。(VHSビデオ、RCA SelectaVision videodiscレーザーディスクでのリリースが確認されている。)以降正式にリリースされることはなく、これらからコピーされた海賊盤が流通することになってしまう。

2004年以降、ポール・マッカートニーを含め、複数の関係者の口からDVDに向けての作業が進められていることが語られているが、2008年2月現在正式なリリースは発表されていない。

また2007年2月のニール・アスピノール(元アップル・コア代表取締役)のインタビューでは、DVD向けにリマスタリングを行っていることを語り、こう述べた。「The film was so controversial when it first came out. When we got halfway through restoring it, we looked at the outtakes and realized: this stuff is still controversial. It raised a lot of old issues.」[7]これは「レット・イット・ビー」がDVDとして再版されるまでに非常に長い時間が掛かるであろう事を暗示している。

脚注

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  1. ^ a b "The Twickenham Sessions". The Get Back Rehearsals. 2006-10-29 閲覧。
  2. ^ a b "The Apple Sessions". The Get Back Rehearsals. 2006-10-29 閲覧。
  3. ^ a b "The Apple Studio Performance". The Get Back Rehearsals. 2006-10-29 閲覧。
  4. ^ a b c "The Rooftop Concert". The Get Back Rehearsals. 2006-10-29 閲覧。
  5. ^ "Watch the Lost Beatles". NPR's Online Music Show. 2006-10-29 閲覧。
  6. ^ "Awards for Let It Be". Internet Movie Database. 2006-10-29 閲覧。
  7. ^ http://www.foxnews.com/story/0,2933,251410,00.html

関連書籍

  • Get Back: The Unauthorized Chronicle of the Beatles "Let it Be" Disaster, by Doug Sulpy and Ray Schweighardt. New York: St. Martin's Griffin, 1999. ISBN 0-312-19981-3. (セッションテープの完全な分析を行っている。)

外部リンク

Let It Be - Internet Movie Database内の解説





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