三省堂 大辞林 |
ライン-どうめい 【―同盟】
ウィキペディア |
ライン同盟
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/02/04 19:44 UTC 版)
| ドイツの歴史 | |
|---|---|
この記事はシリーズの一部です。 |
|
| 古代 | |
| ゲルマン人 | |
| 民族移動時代 | |
| フランク王国 | |
| 中世 | |
| 東フランク王国 | |
| ドイツ王国 | |
| 神聖ローマ帝国 | |
| 東方植民 | |
| 近世 | |
| 小邦分立 | |
| 18世紀 | |
| プロイセン王国 | |
| ドイツ統一 | |
| ライン同盟 | |
| ドイツ連邦、関税同盟 | |
| 1848年革命 | |
| 北ドイツ連邦 | |
| ドイツ国 | |
| ドイツ帝国 第一次世界大戦 |
|
| ヴァイマル共和政 ザール、ダンツィヒ、メーメル オーストリア、ズデーテン |
|
| ナチス・ドイツ 第二次世界大戦、フレンスブルク政府 |
|
| 第二次世界大戦後 | |
| 分断時代のドイツ 連合国軍政期 + 東部領土 ドイツ人追放 西ドイツ、ザール、東ドイツ |
|
| ドイツ再統一 | |
| 再統一後のドイツ | |
| 分野別 | |
| ドイツの軍事史 | |
| ドイツの領土の変遷 | |
| ドイツの年表 | |
| 関連項目 | |
| オーストリアの歴史 | |
|
ドイツ ポータル |
ライン同盟(ラインどうめい、英: Confederation of the Rhine、独: Rheinbund、仏: Confédération du Rhin)は、19世紀のドイツにおいて、フランス皇帝ナポレオン1世の圧力により成立した国家連合である。ナポレオンの敗退とともに解体した。ライン連邦とも訳される。
目次 |
概要
1806年7月12日、フランス皇帝ナポレオン1世の圧力により、神聖ローマ帝国内の全ドイツ諸侯は名目だけ存続していた帝国を離脱してフランス帝国と同盟し、ライン同盟が成立した。同盟は、ナポレオンを盟主とし、大司教ダールベルクを総裁としたフランス主導の国家連合であった。
ライン同盟には、1808年の最大期には4つの王国(Königreich)、5つの大公国(Großherzogtum)、13の公国(Herzogtum)、17の侯国(Fürstentum)、3つの自由市(Freie Stadt)が加盟していた。公式には同盟という対等の名称であるが、その実態はフランスの従属国というものに等しかった。国家連合内では法令は全てナポレオン法典が使用された。国家連合自体の力は脆弱で、ナポレオンに援助した総兵力はわずかに6万人ほどだったという。
1813年、ライプツィヒの戦いでのナポレオンの敗退とともに解体した。1815年のウィーン会議により、ドイツにはオーストリアを盟主とするドイツ連邦が成立した。
加盟諸邦
以下はアルファベット順。
- アンハルト=デッサウ公国 (1807年4月18日加盟)
- アンハルト=ベルンブルク公国 (1807年4月18日加盟)
- アンハルト=ケーテン公国 (1807年4月18日加盟)
- アレンベルク公国 (原加盟国)
- バーデン大公国 (原加盟国)
- バイエルン王国 (原加盟国)
- ベルク大公国 (原加盟国)
- ヘッセン=ダルムシュタット方伯国 (原加盟国。1806年8月14日大公国に昇格)
- ホーエンツォレルン=ヘッヒンゲン侯国 (原加盟国)
- ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯国 (原加盟国)
- イゼンブルク=ビルシュタイン侯国 (原加盟国)
- ライエン伯国 (原加盟国。1806年7月12日侯国に昇格)
- リヒテンシュタイン侯国 (原加盟国)
- リッペ=デトモルト侯国 (1807年4月18日加盟)
- マインツ大司教領 (原加盟国。1810年からフランクフルト大公国)
- メクレンブルク=シュヴェリン公国 (1808年2月10日加盟)
- メクレンブルク=シュトレーリッツ公国 (1808年3月22日加盟)
- ナッサウ=ウジンゲン侯国 (原加盟国。1806年8月30日からナッサウ公国)
- ナッサウ=ヴァイルブルク侯国 (原加盟国。1806年8月30日からナッサウ公国)
- オルデンブルク公国 (1808年10月14日加盟。1810年12月13日フランス帝国に併合)
- ロイス=エベルスドルフ侯国 (1807年4月18日加盟)
- ロイス=グライツ侯国 (1807年4月18日加盟)
- ロイス=ローベンシュタイン侯国 (1807年4月18日加盟)
- ロイス=シュライツ侯国 (1807年4月18日加盟)
- ザルム=キルブルク侯国 (原加盟国。1810年12月13日フランス帝国に併合)
- ザルム=ザルム侯国 (原加盟国。1810年12月13日フランス帝国に併合)
- ザクセン=コーブルク公国 (1806年12月15日加盟)
- ザクセン=ゴータ公国 (1806年12月15日加盟)
- ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公国 (1806年12月15日加盟)
- ザクセン=マイニンゲン公国 (1806年12月15日加盟)
- ザクセン=ヴァイマル公国 (1806年12月15日加盟)
- ザクセン王国 (1806年12月11日加盟)
- シャウムブルク=リッペ侯国 (1807年4月18日加盟)
- シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯国 (1807年4月18日加盟)
- シュヴァルツブルク=ゾンデルスハウゼン侯国 (1807年4月18日加盟)
- ヴァルデック侯国 (1807年4月18日加盟)
- ヴェストファーレン王国 (1807年11月15日加盟)
- ヴュルテンベルク王国 (原加盟国)
- ヴュルツブルク大公国 (1806年9月25日加盟)
|
||||||||
- 1 ライン同盟の概要
- 2 関連項目
固有名詞の分類
「ライン同盟」の用例一覧
宮本百合子 カール・マルクスとその夫人 (青空文庫)
八九年にフランスの大革命が起った時、ジャコバン党の支部が出来、ドイツ人でフランス革命のために努力した人々が沢山あった。ナポレオンの独裁がはじまった時、ライン十六州は、ライン同盟を結んでナポレオンを保護者とし、その...
www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/3265_10920.html
ナポレオンと田虫 (青空文庫)
めていた。彼は国内の三十万の青年に動員令に対する準備を命じた。更に健全な国内の壮丁九十万人を国境と沿海戦の守備に充(あ)てた。なおその上に、彼はフランス本国から二十万人を、ライン同盟...
www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/1080.html
ライン同盟に関係した商品