ミールとは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|動画|文献|全文検索
Weblio 辞書 > ビジネス > 時事用語 > ミールの意味・解説 

三省堂 大辞林

三省堂三省堂

ミール 1 [meal]

穀物の実などをひき割って粗い粉にしたもの。
オート―」

ミール 1 [(ロシア) mir]


ミル 1 [mil]

ヤード-ポンド法長さの単位。一インチの一〇〇〇分の一。

ミル [Mill]



時事用語のABC

時事用語のABC時事用語のABC

ミール(みーる)

ロシア旧ソ連)が開発した宇宙ステーション

旧ソ連ソユーズ計画から発展したもので、1986年 2月20日プロトン・ロケットを使って打ち上げられた。その後、ミールは、地球周回軌道をまわる有人宇宙ステーションとして、現在に至る。ミールとは、ロシア語で「平和」を意味する言葉だ。

周回軌道上のミールには、宇宙船ソユーズ」を使って乗組員送り込む。また、数カ月おきに、宇宙貨物船プログレス」が食糧資材持ち込むこのようなシステムによって、宇宙での有人飛行滞在時間1年以上にまで延ばした。

ミールは、宇宙科学ステーションとして、植物栽培物性医薬品開発などのモジュールドッキングさせ、宇宙実験を行っていた。

さらに、1995年には、それまで宇宙開発熾烈競争繰り広げてきたアメリカスペースシャトルとのドッキング成功し、1998年には国際宇宙ステーション建設が始められるなど、国際協力時代となった。

しかし、プログレスとのドッキング失敗し、1997年には本体一部破損した。そのほかコンピュータ故障するなどのトラブルが相次ぎ、老朽化進んでいる。しかも、ロシア政府財源不足により手を打つことができず、宇宙空間に漂う「粗大ゴミ」となっている。

廃棄処分されることが決まったが、日本上空通過した後に太平洋落下させるとあって心配の種は尽かない。

(2001.02.25更新



スペース百科

JAXAJAXA

ミール

分類:宇宙ステーション


名称:ミール(MIR)
開発機関会社:ソ連科学アカデミー/ロシア宇宙庁(RKA)(現 ロシア航空宇宙庁/Rosaviakosmos)
運用機関会社:ソ連科学アカデミー/ロシア宇宙庁(RKA)(現 ロシア航空宇宙庁/Rosaviakosmos)
打ち上げ年月日:1986年2月20日ミール本体打ち上げ(有人運用1986年3月13日~)/1987年4月5日クバント1ドッキング(本格運用1987年4月12日~)/1989年12月6日クバント2ドッキング/1990年7月10日クリスタルドッキング/1995年6月1日スペクトルドッキング/1995年11月15日シャトル・ミール用ドッキング・モジュール/1996年4月26日プリローダドッキング
運用終了年月日:2001年3月23日
打ち上げ国名・機:ロシア(CIS)・旧ソ連/ソ連科学アカデミー/ロシア宇宙庁(RKA)(現 ロシア航空宇宙庁/Rosaviakosmos)
打ち上げロケット:プロトンK/スペースシャトル

ミールは、国内政変影響を受けて、その存在あぶなくなったソ連の宇宙開発機構が、最後に残した、未来への希望でした。
もっとも、中心部となるミール・モジュールそのものは、先行するサリュート6号サリュート7号構造的にあまり変わっていません。大きな違いは、サリュート6号サリュート7号と同様の前後2つ、軸方向のドッキング・ポートに加えて前方部から側面4方向にさらに4つの増設ポートが加わったことです。あわせて5方向での結合が可能な、この球形区画おかげでサリュート本体(コア部)は、こけしのような特徴的形状となっています。
この性能利用することにより、有人往還宇宙船補給無人船とのドッキング加え、ミールでは、さまざまな恒久的モジュール増設が可能となりました。
ミール本体には、有人宇宙船(ソユーズTM)や無人補給船(プログレスM)をのぞいても6つのモジュール結合しており、コア部の打ち上げ当時とは見違えるほどの外見大きさになりました。
1995年2月ランデブー飛行につづき、6月にはスペースシャトルアトランティスとのドッキング成功1995年11月には、同じくアトランティスにより、シャトル・ミールドッキング用のモジュールが運ばれ、来るべき国際宇宙ステーション計画予行演習としての、スペースシャトルとの長期的共同ミッション態勢整いました
1998年6月までの間に、スペースシャトルとのドッキングは8回を数えその後宇宙飛行士長期滞在続けられました。これまで姿勢制御システム不調によるドッキング失敗中央コンピューター故障などのトラブル見舞われましたが、幸い人的被害ありませんでした。1999年8月にミールは無人となりました。その後2001年 3月23日午後 3時00分(モスクワ時間2001年 3月23日午前 9時00分)に南緯40度、西経160度を中心とした海域落下し、15年に渡る運用終了しました。

1.スペースシャトルはどんな形をして、どんな性能を持っているの?
ミールは、帰還船となるソユーズTM輸送船プログレスをのぞけば、本体コア含めて7つのモジュールから構成されています。
それぞれモジュールは、補給船との独自のドッキング・ポートを備えクバントコア部の後方に、前方側面方向には、時計回りプリローダスペクトルクリスタルクバント2の各モジュール接続され、クリスタル先端にはさらに、シャトルとのドッキングモジュールがつけ加えられています。本体前方軸方向ポートソユーズ有人宇宙船プログレス無人輸送(補給)船とのドッキング用に確保されています。
本体のコア・モジュールは単体でも宇宙ステーションとして機能できるように、独自の居住空間生命維持システム、それに太陽発電パネルを用いた動力システム備えています。最大直径4.15m、全長13.13m、総重量20.4t、居住可能な与圧部の容積は90m3、3基、76m2太陽発電パネル備えています。
クバント(クバント1)は、1987年コア後方増設された天体物理学研究のための望遠鏡など各種観測機器と、姿勢制御システム、それに独自の生命維持システム装備しています。内部与圧された実験室区画真空機器区画とにわかれ、実験区画作業用と居住用に使われています。コア部と反対側には、ソユーズプログレスとのドッキング・ポートが設けられています。最大直径4.15m、全長5.8m、総重量11.5t。与圧容積40m3で、2基の太陽発電パネルをそなえています。
クバント2は、1989年12月6日、まず、軸部にドッキング2日後の12月8日側面方向に移され、固定されました。クバント2には船外活動(EVA)用の機器システムエアロック装備され、ミールの運用能力大きく高めました。また、生物学研究地球観測用の科学機器とともにシャワー洗濯飲み水供給装置などが搭載されていました。最大直径4.35m、全長12.4m、総重量18.5tで、与圧容積は61.3m3。2基、53m2太陽電池パネルをそなえています。
クリスタルは、1990年にまず軸部前方ドッキング翌日には、ミールの前方側面方向クバント反対側に固定されました。クリスタルは、科学研究用の機器太陽電池パネル発電システム加えて、100tにも及ぶ重量との結合が可能なドッキング装置をそなえています。これはソ連スペースシャトルブランとのドッキング用に開発されたものですが、1995年6月27日にはスペースシャトルとの初ドッキングに使われました。この時、クリスタルは、スペクトル増設にともないクバントと直角位置ポート移動されていました。
ところが、そのまま位置ではスペースシャトルとミールがぶつかってしまうため、船外活動によって、クリスタル一時的に軸部のドッキング・ポートに移す作業がおこなわれました。スペースシャトルとのドッキング後、クリスタルは、ソユーズプログレスとのドッキング・スペースを確保するため、また、もとの位置にもどされました。この問題解決するために増設されたのが、あとで解説するスペースシャトル・ミール用ドッキング・モジュールでした。クリスタル最大直径4.35m、全長11.9m、総重量19.64トンで、与圧容積60,8m3。2基、70m2太陽発電パネルをそなえています。
スペクトル1995年6月1日、まず軸部にドッキング後、側面方向クバント1反対側に固定されました。モジュールとしての主な用途地球観測ミッションです。最大直径4.35m、全長12m、総重量19.64t、与圧容積61.9m3。4基、35m2太陽発電パネルをそなえています。
スペースシャトル・ミール用ドッキング・モジュールは、クリスタル移動することなくスペースシャトルドッキングできるようにするための、仲介役の延長装置で、ロシア製造され、1997年11月、スペースシャトル・ミール2度目のドッキング・ミッションの際にスペースシャトルで運ばれ、クリスタル結合固定されました。ドッキング装置向き360近く回転させることによって、スペースシャトルとの安全かつ信頼性の高いドッキングが可能となっています。直径2.2m、全長4.7m、総重量4.09tで、側面に2基の太陽電池装備されています。
プリローダは、1996年4月、ミール本体最後増設ポート固定されました。地球観測用のリモート・センシング機器搭載され、最大直径4.35m、全長12m、総重量19tで、与圧容積は66m3となっています。
プリローダ結合により、ミールに可能な基礎構造増設完了しましたが、以後も、太陽発電パネル増設など、改良はさらにつづけられました。


2.宇宙でどんなことをして、今はどうなっているの?
コア部の軌道投入から13年上の間、ミールはソ連崩壊前後する政変にもかかわらず国際的協力のもと、本当の意味で恒久的なものとしては人類初の宇宙ステーションへと成長しました。来るべき国際宇宙ステーション計画実現向けての第1段階(フェイズ1)として、スペースシャトルを含む国際的協力のもとでの運用がおこなわれています。
1999年8月28日最後の3人の飛行士帰還しミールは無人となりました。

3.この宇宙ステーションにのりこんだ宇宙飛行士は?
L・キジム、V・ソロビヨフ、Y・ロマネンコ、A・ラベイキン、A・ビクトレンコ、A・アレクサンドロフ、M・ファリス、V・チトフ、M・マナロフ、A・レフチェンコ、A・ソロビヨフ、V・サビヌイフ、V・リャホフ、V・ポリヤコフ、A・モフマンド、A・ウォルコフ、S・クリカレフ、J・クレチアン、A・セレブロフ、A・バランディン、G・マナコフ、G・ストレカロフ、V・アファナシェフ、M・マナロフ、秋山豊寛、A・アルツェバルスキ、H・シャーマン、T・アウバキロフ、F・フィーボック、A・カレリ、K・フレード、S・アブデエフ、M・トニーニ、A・ポリショック、V・スビリエフ、J・ピエール・ハグネア、Y・ウサチョフ、Y・マレンチェンコ、T・ムサバイエフ、E・コンダコワ、W・メルボルト、V・デジュロフ、N・サガード、R・ギブソン、チャールズ・プレコート、E・ベーカー、G・ハーバー、B・ダンバー、N・ダブリン、Y・ギゼンコ、S・アブデエフ、T・ライテル、K・キャメロンジェームズ・ハルセル、クリス・ハドフィールド、J・ロス、W・マッカーサー、Y・オヌフリエンコ、K・チルトン、リチャード・シーアフォス、R・セガ、M・クリフォード、L・ガットウィン、S・ルシッド、V・コルザン、C・デエー、ウィリアム・レディ、テレンス・ウィルカット、T・エーカーズ、J・ブラハ、J・アプト、C・ウォルツ、マイケル・ベーカー、B・ジェット、J・グランスフェルド、M・アイビンズ、P・ウィッソフ、J・リネンジャー、A・ラズートキン、V・ツィブリエフ、R・エワルト、アイリーン・コリンズJ-F・クレルボア、E・ルー、C・ノリエガ、E・コンダコワ、M・フォーレ、P・ビノグラドフ、ジェームズ・ウエザビー、M・ブルームフィールド、S・バラジンスキー、J-L・クレティアン、D・ウルフ、T・ムサバイエフ、N・ブダーリン、L・エイハート、G・パダルカ、Y・バトューリンです。

4.どのように地球を回るの?
打ち上げ直後軌道は、近地点高度387km、遠地点高度395km、軌道傾斜51.6度、公転周期92.4分で、大気抵抗による高度低下打ち消すため、搭載小型ロケットドッキング状態の無人宇宙船プログレスを使っての軌道修正繰り返しおこなわれました。



ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

ミール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/16 16:58 UTC 版)

ミール
ディスカバリーから見たミール(1998年6月12日)
ミールの記章
詳細
COSPAR ID 1986-017A
コールサイン Mir
乗員数 3名
打上げ日時 1986–1996年
発射台 バイコヌール宇宙基地LC-200/39およびLC-81/23
ケネディ宇宙センターLC-39A
再突入 2001-03-23
05:50:00 UTC
質量 124,340 kg
(274,123 lbs)
居住空間 350 m³
近地点 354 km (189海里)
遠地点 374 km (216海里)
軌道傾斜角 51.6
日周回数 16.34
周回日数 5,519日
滞在日数 4,592日
総周回数 86,331
2001年3月23日 04:57:10 UTC現在
脚注:[1]
詳細図

スペースシャトルを除く、ミールの最終構成

ミールロシア語:Мир英語:mir)は旧ソビエト連邦によって、1986年2月19日に打ち上げられ、2001年3月まで使われた宇宙ステーションである。ミールという名前は、ロシア語で「平和」「世界」を意味する。サリュートの後継機。

目次

概要

コアモジュールはサリュート67号とほぼ同じ構造を使用しているが、新たに5個のドッキングポートを有する球状のドッキング区画を装備した。サリュート6, 7号が2箇所のドッキングポートしかなかったのに対して、ミールのコアモジュールは計6箇所のドッキングポートを利用できた。これを利用して1996年までの10年間に5つの大型モジュールが打ち上げられ、それらを結合することによって規模を拡大させた。残りの1箇所とクバント1のドッキングポートには、ソユーズ宇宙船とプログレス補給船のドッキングに使用された。

1990年代アメリカ合衆国主導の国際宇宙ステーション計画へロシア連邦が参加することが決定し、1997年プログレス補給船衝突事故以降、施設の老朽化と陳腐化が関係者の間で問題となり、またロシア側が新たな基本モジュール(名称:ズヴェズダ。ミールのコアモジュールの改良型)の打ち上げに意欲を示したことから、国際宇宙ステーションに飛行士が滞在するのに合わせて廃棄する事となり、2001年3月23日に大気圏に突入した。15年もの間、旧東側諸国を中心にアメリカやヨーロッパからも100人以上の宇宙飛行士が訪れた。

宇宙飛行士の往復には主に有人宇宙船ソユーズソユーズTソユーズTM)が使用され、補給品の輸送には無人貨物宇宙船プログレス(初代およびプログレスM、プログレスM1)も使用された。またスペースシャトルも8回のドッキングを行った。

歴史

  • 1986年2月19日、コアモジュールの打ち上げ。
  • 1990年12月にはTBS秋山豊寛が宇宙特派員として日本人初の宇宙飛行を達成、ミールから9日間に渡る宇宙リポートを行った。
  • 1994年1月から1995年3月までワレリー・ポリャコフがミールに滞在し、437日間の連続宇宙滞在記録を樹立。
  • 1995年6月30日、アメリカ合衆国のスペースシャトルアトランティス (STS-71)」がドッキングした。米露のドッキングは1975年アポロ・ソユーズテスト計画以来であり、これ以降、STS-74、STS-76、STS-79、STS-81、STS-84、STS-86、STS-89がドッキングした。
  • 1997年2月23日、クルーが交代のため6人が滞在していた時に、クバント1に装備していたバックアップ用の酸素発生キャニスター(SFOG)を使用した際に炎が噴き出し、一時、船内は煙で充満した。クルーは酸素マスクを装着して消火器を使って鎮火させ、その後空気浄化装置を使って有害なガスを除去した[2]
  • 1997年6月25日に無人宇宙輸送船プログレスM-34のミールからのTORUシステムを使用した手動ドッキングテスト時に、スペクトルモジュールに衝突する事故が発生し、空気漏れが生じたため、スペクトルモジュールを閉鎖。この緊急時にハッチ閉鎖のために電力ケーブルなどを切断したため電力不足にも陥った。その後、3回の船外活動でスペクトルモジュールからの電力供給をほぼ回復させる事はできたが、空気漏れの箇所の特定・修理は2000年4月までできず、スペクトルモジュールは使用できなくなった[3]
  • 1998年8月13日ソユーズTM-28に乗り込んだ日本のガチャピンが、ポンキッキーズ の「ガチャピン宇宙へ」企画で8月15日から8月20日までの5日間滞在。定期的にP-kiesワンダーランド会場(臨海副都心青海Q地区)と中継する計画であったが、通信事情が劣悪で殆ど映像を伝送できず、帰還後の8月30日に予定していた特別番組の放送が中止された。
  • 1999年8月28日ソユーズTM-29が分離し、ミールは2000年4月6日まで無人となった。
  • 2000年4月6日ソユーズTM-30がドッキング。アメリカのMirCorp.が資金提供し、ミールの修理を行い、今後の商業利用の準備を整えた。2000年6月16日に帰還すると再び無人状態となった。
  • 2001年3月23日に南太平洋上の大気圏に再突入、廃棄処分された。





「ミール」の続きの解説一覧





ミールのページへのリンク
「ミール」の関連用語
ミールのお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「ミール」を見る
_ _   


ミールのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2012 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
時事用語のABC時事用語のABC
Copyright©2012 時事用語のABC All Rights Reserved.
JAXAJAXA
Copyright 2012 Japan Aerospace Exploration Agency
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのミール (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS