ミトロファン・ニェジェーリンとは? わかりやすく解説

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ミトロファン・ニェジェーリン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/22 09:53 UTC 版)

ミトロファン・ニェジェーリン
Митрофан Неделин
生誕 (1902-07-27) 1902年7月27日
ロシア帝国 ヴォロネジ県ロシア語版 ボリソグレブスクロシア語版
死没 (1960-10-24) 1960年10月24日(58歳没)
ソビエト連邦
カザフ・ソビエト社会主義共和国 バイコヌール宇宙基地
所属組織 ソビエト連邦軍 (1946-1960)
赤軍 (1920-1946)
軍歴 1920-1960
最終階級 砲兵総元帥
戦略ロケット軍総司令官
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ミトロファン・イワノヴィチ・ニェジェーリンМитрофан Иванович Неделин1902年7月27日 - 1960年10月24日)は、ソ連の軍人。砲兵総元帥。初代戦略ロケット軍総司令官。ソ連邦英雄。名前は、資料によってはネデリンとも表記される。1960年10月24日、自身が開発を統括したR-16弾道ミサイルの発射試験を陣頭指揮していた時に爆発事故(ニェジェーリンの大惨事)に巻き込まれて総司令官在任中に殉職した。

経歴

ヴォロネジ州ボリソグレブスク市出身。1920年から赤軍。兵卒から始まり、後に分隊長、政治委員となった。ポーランド・ソビエト戦争に従軍し、後にタンボフ蜂起、中央アジアのバスマチ運動の鎮圧に参加。

1923年から砲兵部隊に勤務し、同年、トルケスタン戦線軍事政治課程を修了。1925年から中隊政治委員、後に連隊学校政治委員。1929年と1934年に砲兵指揮要員完全化課程を修了し、中隊長、大隊長、砲兵連隊参謀長を歴任。1937年~1939年、スペイン内戦に参加。帰国後、砲兵連隊長、後に狙撃師団砲兵部長。1941年、F.E.ジェルジンスキー名称砲兵アカデミー附属砲兵上級指揮要員完全化課程を修了。

1941年4月、キエフ特別軍管区の第4砲兵迎撃対戦車旅団長に任命され、南部戦線で独ソ戦を迎える。事後、第18軍副砲兵部長、第37軍、第56軍の副砲兵司令官、北カフカーズ戦線副砲兵司令官、第5砲兵軍団長を歴任。

1943年7月から終戦まで、南西戦線(1943年10月から第3ウクライナ戦線)砲兵司令官。バラトン湖北東の敵の撃退に対してソ連邦英雄称号が授与された。

戦後、南方軍集団砲兵司令官(1945年~1946年)、軍砲兵参謀長(1946年~1948年)、軍砲兵総局長(1948年~1950年)、ソ連軍砲兵司令官(1950年~1952年、1953年~1955年)、兵器担当軍事次官(1952年1月~1953年4月)を歴任。1955年3月、砲兵元帥、特殊兵器担当国防次官。1959年5月、砲兵総元帥に昇進し、12月から戦略ロケット軍総司令官。ニェジェーリンの指揮の下でソ連最初のICBMIRBMが開発・試験された。

第4期、第5期ソ連最高会議代議員を務めた。

1960年10月24日バイコヌール宇宙基地で実験中だったR-16のプロトタイプロケットが突如爆発[1]、至近距離にいたために巻き込まれたニェジェーリンを含む少なくとも91名が殉職した(事故は、ニェジェーリンの名をとり「ニェジェーリンの大惨事」と呼ばれている)。この実験自体が国家機密だったためにニェジェーリンの死は飛行機事故によるものとして処理され、事故の詳細が明らかにされたのは1990年に入ってからのことだった。

叙勲

ソ連邦英雄。レーニン勲章5個、赤旗勲章4個、一等スヴォーロフ勲章、一等クトゥーゾフ勲章、一等ボグダン・フメリニツキー勲章、一等祖国戦争勲章、名誉記章勲章を受章。

顕彰

マーシャル・ネデリン級ミサイル追跡艦ネームシップであるマーシャル・ネデリンは、ニェジェーリンに因み命名された。

脚注

  1. ^ [1]




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