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マルタ騎士団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/18 04:49 UTC 版)
- ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会
- 伊:Sovrano Militare Ordine Ospedaliero di San Giovanni di Gerusalemme di Rhodi e di Malta
英:Sovereign Military Hospitaller Order of St. John of Jerusalem of Rhodes and of Malta -


(国旗) (国章) - 国の標語: ラテン語:Tuitio Fidei et Obsequium Pauperum
- 国歌: Ave Crux Alba
-
公用語 イタリア語 首都 ローマ マルタ宮殿 最大の都市 なし 独立 エルサレムにて
1113年2月15日通貨 Scudo(???) 時間帯 UTC +1(DST: 不明) ISO 3166-1 不明 ccTLD なし 国際電話番号 不明
ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会(ロードスおよびマルタにおけるエルサレムのせいヨハネびょういんどくりつきししゅうどうかい、伊:Sovrano Militare Ordine Ospedaliero di San Giovanni di Gerusalemme di Rhodi e di Malta)、通称マルタ騎士団は、カトリックの騎士修道会である。
十字軍時代のパレスチナに発祥した聖ヨハネ騎士団が現在まで存続したもので、ロードス島及びマルタ島における旧来の領土を喪失しているため国土を有さないが、国際連合にオブザーバーとして参加する主権実体(sovereign entity)でもある。
団(修道会)事務局は、ローマ市コンドッティ通り68に置かれている。
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歴史
第1回十字軍の後、1100年ごろ、巡礼保護を目的としてエルサレムで設立された。正式名称から明らかなように病院をもち、ことに病気になった巡礼者の保護に務めた。十字軍勢力がパレスチナから追われた後はロードス島を根拠とし、聖地巡礼をするキリスト教徒の重要な経由地の守護者、ムスリム(イスラム教徒)に対する聖戦の実行者として活躍したが、1522年、オスマン帝国のスレイマン1世によりロードス島は陥落。本拠をマルタ島に移して、マルタ騎士団と呼ばれるようになった。しかし1798年、ナポレオン・ボナパルトの侵攻によりマルタ島を奪われ、領土を失う。
領土を失った後も、マルタ騎士団は伝統的に独立国家と同様の主権を有しているとされるが、正確な性質は不明瞭である。ローマに騎士団の本部ビルを保有し、バチカンのようにイタリアから独立領土として承認されてはいないものの、建物内はイタリアから治外法権を認められた領域である。従って、これを一種の大使館と見なすこともできる。しかし、その建物はあくまでイタリアの主権範囲であり、治外法権が認められただけであるため、領土とは呼べず、実質領土のない国である。ただし、これを国家と見なして、マルタ騎士団国と日本語で呼ばれることもある。
国際連合での位置付け
国連では、マルタ騎士団を「非加盟国」としてではなく、「オブザーバーとして参加するために招待を受ける実体(entity)あるいは国際組織」のひとつとして扱っており、国としては認めていない。マルタ騎士団は世界の約94か国と外交関係を持ち、在外公館を保有しているが、2005年現在、日本はマルタ騎士団を国として承認しておらず、外交関係も持たない。
医療などの慈善活動を行っており、独自のコインや切手を発行している。また、イタリア入国とは別に入境に際して許可の取得が必要である。
- 1 マルタ騎士団の概要
- 2 統治機構