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マリ共和国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/01 09:02 UTC 版)
- マリ共和国
- République du Mali
-


(国旗) (国章) - 国の標語: Un Peuple, Un But, Une Foi
(フランス語: 1つの国民、1つの目標、1つの信念) - 国歌: ル・マリ

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公用語 フランス語 首都 バマコ 最大の都市 バマコ 独立
- 日付フランスより
1960年9月22日通貨 CFAフラン(XOF) 時間帯 UTC (0)(DST: なし) ISO 3166-1 ML / MLI ccTLD .ml 国際電話番号 223
マリ共和国(マリきょうわこく)、通称マリは、西アフリカに位置する共和制国家。西をモーリタニア、北をアルジェリア、東をニジェール、南をブルキナファソ、コートジボワール、南西をギニア、西をセネガルに囲まれた内陸国である。首都はバマコ。
国土の北側3分の1はサハラ砂漠の一部であり、残りの中南部も、ちょうど中心を流れるニジェール川沿岸だけが農耕地となっている以外は、乾燥地帯である。
目次 |
国名
正式名称は、République du Mali(レピュブリック・ドゥ・マリ)。通称、Mali。
公式の英語表記は、Republic of Mali(リパブリック・オブ・マリ)。通称、Mali。
日本語の表記は、マリ共和国。通称、マリ。漢字で馬利と表記。
植民地時代はフランス領スーダンと呼ばれていたが、独立時に現在の国名となった。マリの名は、かつてこの地にあったマリ帝国の繁栄にあやかって名づけられた。マリとは、バンバラ語で「カバ」という意味で、首都バマコにはカバの銅像がある。
歴史
詳細は「マリ共和国の歴史」を参照
古代におけるこの領域での歴史は、4世紀に第ガーナ王国が興った。8世紀にサハラとの交易(北方の塩と南方の金・象牙と交換)によって絶頂期を迎えた。北アフリカではアラブ人が広範な交易ネットワークを持ちアフリカに文化的影響を与えた。
1076年まで栄えたガーナ王国(8世紀以前の歴史は不明)はベルベル人のムラービト朝に攻撃され滅びた。
1240年から1473年に北アフリカとのサハラ交易で栄えたマリ帝国が興隆したが、マリ帝国はガオに都を置いたソンガイ帝国(1473年から1591年。ソンガイ王国とも)によって属国となり、ソンガイ帝国にはニジェール川上流域が豊富な金の産地であったことからムスリム商人らが訪れ、サハラ交易が盛んに行われた。1591年にソンガイ帝国がモロッコのサアド朝に滅ぼされると、大西洋での三角貿易や奴隷貿易の影響で、内陸部のサハラ交易のルートが衰退したため、以後この地に大帝国は興隆しなかった。17世紀にはフルベ族のマシーな王国、バンバラ族のセグー王国など、多くの小王国が乱立した。
19世紀半ばにはエルハジ・ウマールによってトゥクロール帝国が建国されたが、ヨーロッパ列強によるアフリカ分割を抑えることは出来なかった。1892年にフランスの植民地となり、フランス領スーダンと呼ばれた。1958年フランスの自治国スーダンとなり、1960年6月、隣国のセネガルと共に、マリ連邦を結成し、フランスから独立。しかし、その年の8月にセネガルが連邦から離脱したため、翌9月にマリ共和国と国名を改めた。モディボ・ケイタ大統領のもとで社会主義政策が推進されたが徐々に行き詰まり、1968年にムーサ・トラオレのクーデタが発生し、長い軍事独裁体制の時期に入った。1979年に民主化運動が成功し、単一政党マリ人民民主同盟が結成された。選挙によって大統領が選出されたが、クーデターが起こり、実権はクーデター派に移った。1991年に暫定政府が発足。翌1992年に憲法を制定し、大統領選挙が行われた。1968年以来の軍事政権時代が終わった。
北部ではトゥアレグ人が過激な分離闘争を繰り返してきたが、1996年に武装解除が行われた。しかし、2006年にイブラヒム・アグ・バハンガが反政府武装組織「5月23日同盟」を結成し、マリ北部において再び武装闘争を展開しており、治安情勢は依然流動的である。
政治
詳細は「マリ共和国の政治」を参照
マリは共和制、大統領制をとる立憲国家である。現行憲法は1992年1月12日に制定されたもの。
国家元首である大統領(Président de la République du Mali)は、国民の直接選挙により選出され、任期は5年。3選は禁止されている。首相は大統領により任命される。内閣に相当する閣僚評議会(Conseil des Ministres)のメンバーは、首相が任命する。
「マリの大統領一覧」および「マリの首相一覧」も参照
議会は一院制で、正式名称は国民議会(Assemblée Nationale)。憲法によると、国家唯一の立法機関とされている。定数147議席。国民議会議員は、マリを構成する8州と1特別区の人口比に基づき、国民の直接選挙で選出され、任期は5年である。
マリは実質的に複数政党制が機能する、アフリカでは数少ない国家である。宗教や民族を基盤とした政党、地域政党、性別による差別を主張する政党は禁止。主要政党としては、ムーサ・トラオレ軍事独裁政権の打倒後に政権の座に就いたマリ民主同盟(ADEMA)が最大のものとして挙げられる。他の有力政党にはマリ連合があり、民主化主導全国会議(CNID)、愛国復興運動(MPR)という小政党と共に選挙同盟希望2002を形成している。国民議会内の勢力は以下の通り。
- 希望2002 - 66議席
- マリ民主同盟 - 51議席
- その他の諸政党 - 30議席。
「マリの政党」も参照
最高司法機関は最高裁判所(Cour suprême)である。
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- ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1])
- ^ https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/ml.html 2009年4月2日閲覧
- ^ a b ポップ・アフリカ700 アフリカン・ミュージック・ディスク・ガイド 萩原和也著
- ^ African star Ali Farka Toure dies, BBC News d.d. March 7, 2006. Retrieved online from BBC Online d.d. September 22, 2009.
- ^ アリ・ファルカ・トゥーレ&トゥマニ・ジャバテのアルバムAli and Toumaniの日本版ライナーより
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