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マフムード・アフマディーネジャード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/03/31 05:57 UTC 版)
(アハマディネジャド から転送)
マフムード・アフマディーネジャード (ペルシア語: محمود احمدینژاد, ラテン文字転写: Mahmūd Ahmadinezhād ペルシア語発音: [mæhˈmuːd(-e) æhmædiːneˈʒɒːd],[2][3][4]; 1956年10月28日ー[5][6])はイラン・イスラーム共和国の第6代・現職の大統領。保守派政治団体の連合体イスラーム・イラン建設者同盟(アーバードギャラーン連合)の中心的政治指導者。貧困層を出自とする技術者・研究者で[7]、イスラーム革命後、ホメイニーに忠実な路線をとる学生運動団体を統括する団結強化本部に参加した[8]。その後北西部における市長職などをへてアルダビール州知事に任じられていたが、1997年にモハンマド・ハータミーが大統領に選出されると解任され、教職に戻っている[9]。2003年、テヘラン市評議会はアフマディーネジャードを市長に選出[10]。前任の穏健派市長らの改革を覆し、宗教的強硬派の立場を取った[11]。2005年の大統領選ではイスラーム・イラン建設者同盟の支援を受けて決選投票で62%の票を獲得し、2005年8月3日、大統領に就任した[12][13]。2009年の大統領選挙で2期目に再選。任期は2013年8月3日までで、連続3選を禁じる現行のイラン憲法下では次期大統領選への立候補資格はない。
アフマディーネジャードはイラン内外で論争の的となる人物である。国内では、経済的失政と人権の無視が非難されてきた。前者については、2007年の国内での燃料消費抑制のためのガソリン配給計画開始、公共・民間の金融機関における貸付金利の引き下げ、2010年の補助金目的化法の実施がある[14][15][16]。アフマディーネジャードはイランの原子力計画を支持している。第2期を目指す2009年の大統領選挙では幅広く疑問視され[17][18]、国内における広範な抗議行動を招くとともに、国際的にも著しい非難を浴びた[19]。2011年には、最高指導者アリー・ハーメネイーらとの軋轢が表面化し、エスファンディヤール・ラヒーム・マシャーイーを中心とするいわゆる「逸脱した潮流」問題で側近・支持者らが逮捕されている[20]。2012年3月の国会議員選挙では、保守派が圧倒的な勝利を得たが、保守派内部ではハーメネイー支持の反大統領派が圧勝し政権運営は厳しさを増している[21]。
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- 1 マフムード・アフマディーネジャードとは
- 2 マフムード・アフマディーネジャードの概要
- 3 国内での批判
- 4 対外政策
- 5 ホロコースト否定と反セム主義者との告発
- 6 人権
- 7 補足
固有名詞の分類
| イランの政治家 |
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| イランの大統領 |
ハーシェミー・ラフサンジャーニー マフムード・アフマディーネジャード モハンマド・アリー・ラジャーイー モハンマド・ハータミー アリー・ハーメネイー |