マハトマ・ガンディーとは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|プロフィール|動画|本・雑誌|文献|商品|全文検索
Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 人名 > 政治家 > その他の政治家 > 人権活動家 > マハトマ・ガンディーの意味・解説 

ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

マハトマ・ガンディー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/14 08:47 UTC 版)

(インド独立の父 から転送)

モハンダス・カラムチャンド・ガンディーグジャラート語 グラジャラーティ文字表記:મોહનદાસ કરમચંદ ગાંધી、デーヴァナーガリー文字表記: मोहनदास करमचन्द गांधी、ラテン文字表記:Mohandas Karamchand Gandhi1869年10月2日 - 1948年1月30日)は、インドグジャラート出身の弁護士宗教家、政治指導者。

マハトマ・ガンディー(=マハートマー・ガーンディー)として知られるインド独立の父。「マハートマー(महात्मा)」とは「偉大なる魂」という意味で、インドの詩聖タゴールから贈られたとされているガンディーの尊称である(自治連盟の創設者、アニー・ベザントが最初に言い出したとの説もある[1])。また、インドでは親しみをこめて「バープー」(बापू:「父親」の意味)とも呼ばれている。日本語では「ガンジー」とも表記される。

1937年から1948年にかけて、計5回ノーベル平和賞の候補になったが[2]、受賞には至っていない[3]。ガンディーの誕生日にちなみ、インドで毎年10月2日は「ガンディー記念日」(गांधी जयंती、ガーンディー・ジャヤンティー)という国民の休日となっており、2007年6月の国連総会では、この日を国際非暴力デー英語版という国際デーとすることが決議された。




[ヘルプ]
  1. ^ ベザントは「神智学協会」の2代目会長でもある。神智学におけるマハトマは「智恵の大師」を参照の事。
  2. ^ nobel_prizes/peace/nomination/databaseのSimple Searchで「Gandhi」と入力して検索すると確認することができる。
  3. ^ Mahatma Gandhi, the Missing Laureate(英語)にノーベル財団の説明がある。内容についてはノーベル平和賞#ガンディーが受賞しなかった理由を参照。
  4. ^ フランソワ・トレモリエール、カトリーヌ・リシ編著、樺山紘一日本語版監修『ラルース 図説 世界史人物百科』Ⅱ ルネサンスー啓蒙時代 原書房 2004年 102-103ページ
  5. ^ 余談だが、『Congress Party & Gandhi』を撮影した『ライフ』誌のマーガレット・バーク=ホワイトは勝手に人の家に入ってきて光源のための戸を閉めたり執拗にフラッシュを浴びせるなどの、事実上の暴行ともいえる行動を行ったが本葉は大きな感銘を世界へ与えた。被害を受けたガンディーは文句は言わなかったが「彼女は私の目を焼こうとしている」ともらしたという
  6. ^ この宗教は中東地域人のイエスから始まる宗教である。ヨーロッパで広まったキリスト教と原始キリスト教では質が異なる。中東やその他中国などのアジア地域では昔からネストリウス派マロン派が他のイスラム教徒やユダヤ教徒と共存してきた。
  7. ^ 長崎 1989
  8. ^ フランソワ・トレモリエール、カトリーヌ・リシ編著、樺山紘一日本語版監修『ラルース 図説 世界史人物百科』Ⅱ ルネサンスー啓蒙時代 原書房 2004年 105ページ
  9. ^ 独立当時は西パキスタンと東パキスタン、東パキスタンは後のバングラデシュ
  10. ^ ドリージュ 2002、157頁
  11. ^ M・K・ガンジー「ヒンドゥー・ダルマ」、9-10頁。ドリージュ 2002の157頁より重引。
  12. ^ a b c d e f ドリージュ 2002、六章
  13. ^ 分離すれど平等」というのはアメリカ黒人を隔離・差別するために持ち出されたレトリックで、黒人用施設が白人用施設と平等であった例などほとんどなかった。
  14. ^ M・K・ガンジー「ヒンドゥー・ダルマ」、48頁。ドリージュ 2002の154-155頁より重引。
  15. ^ 落合敏監修 『食べ物と健康おもしろ雑学』 p.66-67 梧桐書院 1991年
  16. ^ 落合敏監修 『食べ物と健康おもしろ雑学』 p.67 梧桐書院 1991年
  17. ^ ドリージュ 2002、154頁
  18. ^ ヴェド・メータの『ガンディーと使徒たち』、200-201頁。ドリージュ 2002の154-155頁より重引。
  19. ^ ドリージュ 2002、155頁
  20. ^ ヴェド・メータの『ガンディーと使徒たち』、213頁。ドリージュ 2002の154-156頁より重引。
  21. ^ メータ 2004、249頁引用。
  22. ^ a b エリクソン 2002b、xxiii頁参照。
  23. ^ もちろん、独立前〜直後の時期においてもガンディーに対するその様な評価は少なからず存在していた。独立運動においてガンディーは多数の支持を得た指導者かもしれないが、彼の方針に同調しない様々な思想を掲げた運動家およびその支持者は当時から各地に多数存在していた。
  24. ^ ちなみに、この「〜ギリー」というのは、ムンバイヤー・ヒンディー(ムンバイで話される特徴的なヒンディー語の口語)において用いられる「〜に特徴的な一連の行動」というような意味の接尾辞である。


「マハトマ・ガンディー」の続きの解説一覧





固有名詞の分類



マハトマ・ガンディーに関連した本


マハトマ・ガンディーに関係した商品


マハトマ・ガンディーのページへのリンク
「マハトマ・ガンディー」の関連用語
マハトマ・ガンディーのお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「マハトマ・ガンディー」を見る
_ _   


マハトマ・ガンディーのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのマハトマ・ガンディー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS