マニ教とは?

マニ きょう -けう [0] 【マニ教】 〔Mani〕

ゾロアスター教キリスト教グノーシス派仏教などの諸要素加え宗教三世紀にマニ創唱。明(善)と暗(悪)の二元世界観に立ち,特に,悪からの救済重視中央アジア・ローマ帝国などで布教され,四世紀最盛期迎えた。さらにチベット・インド・中国などにも伝えられ,中国では摩尼祆教(まにけんきよう)と称された。 〔「摩尼教」とも書く〕

マニ教

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/06/13 20:23 UTC 版)

マニ教(マニきょう、摩尼教、: Manichaeism)は、サーサーン朝ペルシャマニ216年 - 276年または277年)を開祖とする、二元論的な宗教である[3]




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注釈

  1. ^ グノーシス主義は、紀元前後のオリエント世界においてヘレニズム、とくにプラトンピタゴラスの影響を強く受けた思弁法で、「隠された知識」を求めて一種の覚醒にいたることを目的としており、ユダヤ教と結びついたとき、その神学の形成・発展に寄与する一方、多くの分派をもたらした。キリスト教もまた、元来はそうしたユダヤ教の一派であった。山本(1998)pp.22-23
  2. ^ キリスト教の場合は、「神の愛」という概念によって唯一絶対の善なる神と天地創造とを結びつけたので二元論への方向性は回避されたが、物質的要素の軽視や現世否定などの点においてはグノーシス主義的思考の影響がなおも見られる。山本(1998)pp.23-24
  3. ^ ミフルヤズド(ミスラ神)は、インドにおけるミトラ神、ギリシャ・ローマにおけるミトラス神に相当する。仏教における弥勒菩薩(マイトレーヤ)もまたミスラ(ミトラ)に由来するともいわれている。
  4. ^ シャープール1世は必ずしもマニの教えを信奉していたのではなく、マニの医療に関する高い技能を評価していたともいわれる。「マニ教概説」序説。また、シャープール1世はマニを寵愛してしばしば遠征に同行させたが、これもマニに医術の心得があったからだともいわれている。山本(1998)p.28
  5. ^ 宣教師として派遣されたのはマニの弟子のアッダーとパテーグであった。パテーグはマニの父と同名であるが、別人と考えられている。山本(1998)p.29
  6. ^ シシンもまた殉教したといわれる。「マニ教概説」序説
  7. ^ ただし、二元論的グノーシス主義宗教であるパウロ派やボゴミール派、カタリ派などは、マニ教の影響を受けた「マニ教的異端」ではあっても、教祖としてマニを承認しないのでマニ教の分派とはいえない。「マニ教概説」序説
  8. ^ ムスリムが義務とされる行いは、信仰告白(シャハーダ)、礼拝(サラート)、喜捨(ザカート)、断食(サウム)、巡礼(ハッジ)の五行である。
  9. ^ 『水滸伝』は明代成立の伝奇的な歴史小説。作者は施耐庵あるいは羅貫中。「中国四大奇書」の一つ。

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