マジカル頭脳パワー!!のクイズ・ゲームとは?

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マジカル頭脳パワー!!のクイズ・ゲーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/26 18:19 UTC 版)

(くっつきバトルロイヤル から転送)

マジカル頭脳パワー!! > マジカル頭脳パワー!!のクイズ・ゲーム

マジカル頭脳パワー!!のクイズ・ゲーム(マジカルずのうパワーのクイズ・ゲーム)

この項目では、日本テレビ(NTV)で放送されたクイズ番組マジカル頭脳パワー!!』で行われたクイズゲームの形式について解説する。

全部で252種類のクイズ・ゲームが開発された。1回登場しただけで終わったものから数年間続いたものまであり、クイズ・ゲームの種類も多岐にわたった。


  1. ^ 1991年5月25日放送回で、ラサール石井実在する山をないと主張して放送終了直前に虚偽が発覚し減点された。ちなみにこのことによって間寛平が初のトップ頭脳賞を獲得した。
  2. ^ 1991年11月2日放送回の最初の問題で、「身体の部位が含まれる語彙」という解答で所ジョージが「男性器の部位が含まれる語彙」を例題として作り、減点となった。
  3. ^ 1991年4月27日放送回では、所ジョージ・俵孝太郎・間寛平の3解答者が減点となった上に当日の放送終了まで呼び捨てにされ続けた。また、同年7月20日放送回では、同様の理由により減点となった間が当時の制度上あり得ない「頭脳指数-20」で終了となった。
  4. ^ 他の理由でも、1991年3月30日放送の「大マジカル」では、「東大チーム」の解答者3名(俵孝太郎渡辺文雄香川照之)が仲間割れをして3人別々の解答をした挙げ句に、それらがいずれも不正解だったため、減点となったケースがある。
  5. ^ 『マジカルミステリー劇場』のみ1992年4月18日まで続いた。
  6. ^ 1992年4月11日の『大マジカル』では一時復活した。
  7. ^ 着ぐるみによる実写と、ムービーの場合の2種類が存在した。
  8. ^ 専門知識だったためにスタジオが沈黙してしまい、所から「これは我々の知らない世界に入っちゃいましたね」と突っ込まれた。
  9. ^ テレビ情報誌では、この翌週のミステリー劇場の内容も掲載されていたが、実際は放送されなかった。
  10. ^ 製作スタッフの大半は日本テレビドラマ畑が担当していた。
  11. ^ 1991年春の『大マジカル』のみ、獲得点数が示された頭脳指数のままという問題が存在した。
  12. ^ レギュラー時代にも左右対称でないことがあった。
  13. ^ 1995年12月28日放送の『大マジカル』、1996年3月14日放送の90分スペシャル、1997年8月28日放送分で確認。
  14. ^ ただし、1995年1月19日、26日放送分と1995年3月16日放送の150回スペシャルは「解答者の数-2」。
  15. ^ 最高が400、500で倍の得点が獲得できるというのもあった。
  16. ^ 40萬や50萬の場合もある。
  17. ^ 1996年春の回のみ10萬であった。
  18. ^ ただし、初登場となった1992年秋の2軍席決め早押しではミリオンスロットでショーバイマネーを決定した。
  19. ^ 実際に全てのエラーが発見されずにクイズが終了したのは1992年5月23日放送分のみであり、最後に残った頭脳指数300のエラーを俵孝太郎及び間寛平が答えられないまま効果音が鳴って終了となった。俵及び間は同年8月1日放送分でも同様の事態に陥ったが、この時は板東の裁量でクイズが続行され、最終的に間が頭脳指数40のエラーを解答して終了となった。
  20. ^ 当初は正解済みのエラーは赤丸・クローズアップ表示はされなかったが、後に正解済みのエラーも赤丸・クローズアップ表示がされるようになった(そのエラーには「済」マークが付く)。
  21. ^ 2012年1月1日放送の『嵐にしやがれ新春2時間半スペシャル』でもこのコーナーをしたが、ここでは不正解の場合、解答権が失われた。
  22. ^ 所ジョージがここまでの得点で600点台の時は、永井は300点を超えるエラーがないのを分っていて「今日は300点以上のエラーがあると良いですねぇ…。」と言う時があった。それに対し所が永井(もしくは板東)に突っ込みを入れるのがお約束だった。
  23. ^ 1992年11月14日放送分・1994年4月28日放送分など。
  24. ^ 1992年10月10日に放送された紅白あるなしスペシャルでは、両チーム合計で10人が正解した時点で打ち切りという問題も存在した。
  25. ^ 「ラッキー例題」のルールが存在した1992年10月24日放送分から1993年10月23日放送分まで、千堂あきほ5回、間寛平4回、所ジョージ3回、早坂好恵山咲千里が各1回的中させた。
  26. ^ 「クソ」にはあって「ウンコ」にはない、「小便」にはあって「オナラ」にはないなど。頭に「しょう」が付く言葉の回には「便」にはあって「クソ」にはないという例題を出して30点減点されたことがある。
  27. ^ 『大マジカル頭脳パワー!!スペシャル』ではチーム名で行うため、お手つき誤答は解答権を失った上にチーム全員で起立となる。
  28. ^ 複数のパネラーが同じ文字数だった場合は、100点が等分された。
  29. ^ スーパークイズスペシャル』の時は1回だけ12文字バージョンがあった。
  30. ^ 1回休みとなったその他のケースとしては、品性を欠く文章(1994年7月7日放送回における所ジョージの解答)・特定できない固有名詞(同年6月30日放送回における木村拓哉の解答)があった。
  31. ^ 初登場の1997年11月20日放送ではかつてのレギュラー解答者だった所ジョージが隠れていた。
  32. ^ ほとんどの場合、自らを発見し答えることはなく、唯一カミセンの森田剛が「森田剛さん」を発見し300点を獲得している。
  33. ^ VTRを使用しない、パネラー席では行わない、正解順が早いほど高得点(通常の居残り早押しはヒントが少ないうちに正解するほど高得点)、タイムアップまでに正解できなくても0点(通常の居残り早押しは-50点)など。
  34. ^ 1抜け100点、2抜け50点、3抜け30点、4抜け10点など毎週のように獲得できる得点が変わっているのもこのクイズの特徴でもある。
  35. ^ 1993年4月の「大マジカル」では300
  36. ^ 1991年10月12日放送の「大マジカル」では、頭脳指数が0になってからは-20→-50という形式だった。
  37. ^ 特番では、頭脳指数が300または250から始まり最後は-100または-200となる問題も存在した。
  38. ^ 1992年8月15日に放送されたあるなし夏休みスペシャルでは、チーム全員が正解するまで檻が解放されない問題も存在した。
  39. ^ さらに、この回所ジョージが1140点獲得しており、点数差が1500点となった。
  40. ^ その為、1992年4月18日放送分の「早押しマジカルスキャナー」で、正解した和田アキ子が開く檻の棒に触れて檻を壊してしまい、板東が興奮気味で和田を突っ込んでいると、正解していない俵孝太郎がヘッドホンを外して「あなた興奮してデカい声出すとね、ヘッドホンやっている人間は非常に迷惑なんだよ」と苦言を呈され、板東が平謝りした。
  41. ^ テロップは以下の4つあり、楕円塗りつぶしなしはレギュラー放送、塗りつぶしなしサイズ小さめは「スーパークイズスペシャル」、塗りつぶしありは下記の「マジカルフレーズ 2つの意味」、塗りつぶしありサイズ小さめは「ショーバイ」との合同特番でそれぞれ使われていた。
  42. ^ これが実際に適用されたのは、「あるなし上級編」の1993年1月23日放送回でそのまんま東が「対にして使うもの」と、同年4月3日放送回で高田純次が「片手で表現できるもの」とそれぞれ解答した時の2例のみ
  43. ^ 1992年2月22日放送分はラスト以外全てこのスタイルのクイズだった。
  44. ^ 1995年3月16日放送の90分SPと2001年12月29日の復活SPでは復活している。
  45. ^ 1月26日の放送では最後の居残り早押しクイズとなった「マジカルペイント いち文字クイズ」が放送されたが、点数がパネラーの最終合計に加算されておらず、また解答シーンがワイプのみでヘッドホンの色も違うことから別の回に放送されるはずのものを焼き直ししていた可能性が高い。さらに、その前週の放送回では居残り早押しクイズは1問も出題されていないため、厳密には居残り早押しクイズが撤廃されたのは1995年1月12日放送分となる。
  46. ^ a b お手付き・誤答は1回休み、誰か1人が正解したら終了。
  47. ^ 1991年秋と1992年春の「クイズスーパースペシャル」では二軍席決めクイズで行われた。
  48. ^ 中でも「カリフラワー」を分析している時に所は答えが分かったものの名前が出てこなくなり、解答順が来るたび「ブロッコリーの白いの」と連発していたことがある。その際、板東英二から「始めに『か』が付きます」とヒントをもらっても、「缶詰になったブロッコリーの白いの」と答えた。さらに「えのきだけ」の時も同様の事態に陥り、「キノコ」を筆頭に「白いブロッコリー」「鍋用キノコ」「極細松茸もどき」などと答えていた(いずれも結果は-50)。それ以後所が野菜の名前を知らないと踏んでか、一時期野菜や食べ物が立て続けに出題されていた。しかし、所は別の回で答えがエキスパンダーの時に顕微鏡カメラの映像が出た瞬間に正解したことがある(ただしすでにイラツキルーレットはなくなっている)。正解後と問題終了後に「自分で自分のことをすごいと思うよ」と2度も自画自賛していた。
  49. ^ 1991年3月30日が美川憲一1993年10月9日岡本夏生
  50. ^ もっとも、この時点で得点はすでに-50であり、どちらが答えても結局同じことではあったのだが、檻が開く開かないを決定する必要があった。
  51. ^ まれに、「ない」方に大きな意味がある場合がある(「ない」の方は色がない(透明)、中身がない(空洞、筒状のもの)、しりとりができないもの(んなどで終わる言葉)など)。
  52. ^ これに伴い通常のあるなしは「あるなしクイズ上級編」に変わった。また、スペシャルではこのほか中級編や超上級編も登場した。
  53. ^ トウモロッコシ、出中、ハゲ茶など。
  54. ^ 『大マジカル』では、引っ掛けとして、漢字が混じった問題も出題された。
  55. ^ また、この間に松村が同じく「板東さんは大馬鹿だ」と回答してしまい、「40周年のこのマスコット、投げたろか!」と怒られていた。
  56. ^ 一度だけ、ズームインではなくズームアウトしていく方式の問題が出題されたことがあった。
  57. ^ 特に、スキットに出ている人物の氏名・年齢・居住地、第三者の存在などを独自に設定した上でのものが多かった。また、自らのボケから正解を見つけ出し、高得点を獲得するケースもあった。
  58. ^ 1993年5月8日放送回では、問題が表示される前のタイトル画面で所ジョージがいきなり早押しボタンを押して正解したことがあった(この時の放送日はこどもの日の3日後で、正解は「こいのぼり」)。板東と永井がずっこけたり、スタジオの観客から「なんでー?」と聞かれた所ジョージは「予知能力、予知能力! 数多い日本語の中から一つを選べばいいんですよ!!」と発言。その直後、問題VTRが始まった直後に俵孝太郎も正解し「数ある日本語の中から一つ選んだだけです」と所の言葉を準えてコメントした。
  59. ^ 代表的な例として、1994年7月28日放送回の「し」「ひ」「う」「み」が下からこの順に時計回りに配置されているものを、「歌を唄うグループ。『し』は少年隊、『ひ』は光GENJI、『う』は内山田洋とクールファイブ、『み』は今流行のMr.Children。」と答え、スタジオ中は爆笑の渦、司会者の板東には「他にいくらでも並べられるでしょう。」と突っ込まれていた。(正解は上下左右の方向で、松村は頭脳指数-50で漸く正解した。)
  60. ^ このクイズの1回目では、もっと動きの大きい「シャッフルダンス」なるものだったが、正解した千堂あきほがこの踊りで司会者をからかったところ、2回目でなくなった。
  61. ^ (このときの正解は一つは美空ひばり、もう一つは細川ふみえ)。
  62. ^ 但し、歴史上の人物名・自身と年齢がさほど離れていない女優の名前がお題になった際は比較的早く正解に到っていた。また隣の席に座ることが多かった松本伊代西田ひかるの時も早い段階で正解していた。(他にも、スーパークイズスペシャルでの共演者や、実家が近所である後藤久美子も早い段階で正解していた。)間寛平にも同様の傾向があった。
  63. ^ 酒井法子の名前が出なかった時は、永井美奈子が「以前、マジカルにも出たこともありますよ?」と言った後「そう言えばこんな子がいたな」と言った。
  64. ^ 1994年6月30日放送分では千堂あきほ、1994年9月22日放送分では北野大、1994年12月29日放送分では江川卓。一時期、所ジョージは「上の名前は知っているんですけど、下の名前は知らないんですよ」と発言したことがある(他のパネラーについては上の名前で呼ぶことが多かったため)。
  65. ^ 本放送では、千堂あきほ及び早坂好恵のみが不正解となり、タイムオーバーになったパネラーはいなかった。
  66. ^ 出題前のデモンストレーションで字が一回転したときに目を閉じてしまい、頭の中で組み立てたと言っていた。
  67. ^ 「満員」の後に「満員御礼」と答える、「下り」の後に「下る」と答えるなど。初登場時はこの縛りが緩く、「カラー」の後に「カラーコーディネイター」と答えてもセーフだった。
  68. ^ 「あたまに『こう』がくっついている言葉」の時に俵孝太郎が「好評につきくっつきバトルロイヤル2問」、「まん中に『し』がくっついている言葉」の時にマルシアが「愛してる」、「まん中に『ぶ』がくっついている言葉」の時に所ジョージが「久しぶりだね」と答えたがいずれもアウトにはならなかった。
  69. ^ 初登場時は言い直しが認められており、即刻失格にはならなかった。
  70. ^ a b 稀に、マル禁語に該当する単語を答えた場合でも、意味が分からない等他の理由でアウトとされることもあった。
  71. ^ 後期から末期はマル禁語を設定しない回も多々あった。
  72. ^ マル禁語の文字は旧字体も含まれている。
  73. ^ 所ジョージはこの10点ボーナスを狙うあまりに(禁)語を言ってしまい、自滅したことがある。
  74. ^ 「破格」のあとに「価格」と答える、「金閣寺」の後に「銀閣寺」と答えるなど。
  75. ^ 「頭に『はん』がくっついてる言葉」(マル禁語は漢字の「反」)においては漢字の「半」の回答が多発したため、それがNGとなり、池谷幸雄は「半魚人」と答えて言い直しとなり、「反論」と改めて答えたがマル禁語に該当し、アウトになった他、北野大は「はんすう」と答えたところ、司会が「反芻」と判断し、結果的にはマル禁語に該当したため、アウトになった。
  76. ^ 例:「相本久美子」、「荒木大輔」、「京唄子」、「近藤真彦」、「西城秀樹」、「ひかる一平」など。
  77. ^ 所ジョージは『真ん中に「ぐ」がくっついている言葉』がテーマの時に「野グソ」と答え、「下品だからアウト!」となったことがある。
  78. ^ 地名については都道府県及び県庁所在地単位で答えなければならなかった他、人名については原則としてフルネームで答えなければならない(特に名字だけで答えた場合。例:「設楽」、「出川」など)。ただし例外もあり、「まん中に『ど』がくっついている言葉」の時に松村邦洋が「(西武ライオンズの)工藤」、「頭に『せん』がくっついてる言葉」において千堂あきほが「千堂」と答えた際にはセーフとなっていた。また、特に人名では放送された当時はアウトであったが、もし現在であればセーフとなる場合も多々ある。(例:「まん中に『た』がくっついている言葉」で「木下優樹菜」、「お尻に『んこ』がくっついている言葉」で「神戸蘭子」など)
  79. ^ これは後に登場する他の勝ち残りクイズでも同様。
  80. ^ しかし「まん中に『く』がくっついている言葉」で間寛平が「リュックサック」と正しい解答を言ったにも関わらずアウトにし、所ジョージと俵孝太郎に指摘された際にはセーフに訂正、自分のミスを間寛平に謝ったこともあった。ただこの時、間は「リックサック」と発音している。
  81. ^ 残り2人の状況でこのルールが適用されるかどうかは、放送回によってまちまちだった。
  82. ^ 言葉が全く思いつかない場合、「ない!」と回答して復活を待つケースも見られた。
  83. ^ ところ(所ジョージ)、こうたろう(俵孝太郎)、だちょうくらぶ(ダチョウ倶楽部)など。
  84. ^ 1995年春の『大マジカル』で「おぼえてしりとりバトル」ではマル禁ワードが10個の内5個出た。
  85. ^ これ以降マル禁ワードが導入された勝ち残り系クイズは全て21個で統一。
  86. ^ 木村拓哉は「スマップスプリングツアー」と答えたが「スマップスプリングツアーコンサート」と改めて答えたことがある。
  87. ^ 香取慎吾は「鈴木」と答えて司会からの問いに「僕の友達」と答えたところ、言い直しとなり、改めて「スルメイカ」答えたことがあったが、加藤紀子が「次郎長」と名前だけで解答した際は「加藤ですから」との理由でセーフになっていた。
  88. ^ 1994年12月22日放送のクリスマススペシャルより。
  89. ^ 例:「バナナといったらすべる」「すべるといったら氷」…。
  90. ^ 「○○といったら…」と続けない場合、しりとりやダジャレなど連想以外の解答をした場合など。
  91. ^ 「○○」の部分からかけ離れたもの、解答者の勘違いや思い込みによるもの、連想そのものに誤りがある場合や必ずしもそうであるとは限らない場合、前の言葉を言い換えただけの言葉、品性を欠く言葉(場合によっては台詞がマスキングされる場合もあった。但しスペシャルバナナにて勝俣州和が答えた「柔らかいといったらオッパイ」は問題なく進み、その後勝俣は残った所ジョージを破った。)、意味が分からない言葉など。
  92. ^ ただし、同じ「○○といったら△△」でも、「△△」の部分が適切な連想かどうかは時期によって変わる場合もあった。
  93. ^ ただし、前に出ていてもそれが間違いだった場合はセーフ(「石と言ったら白い」でアウトが出た後「大根と言ったら白い」はOK)。
  94. ^ 前の単語をそのまま繰り返した場合も含む。ただし、リズムに乗り損ねたり発音ミスで言い損なった場合は例外(「気持ちいいと言ったら……運動」でアウトになった後、「疲れると言ったら運動」はセーフ)。
  95. ^ 例として「おみくじといったら大吉」に対して「大吉といったら神社」と解答した場合、前の解答者の「大吉」ではなく、2人前の「おみくじ」から連想しているためアウトとなる。
  96. ^ 初期の頃はセーフとされており、アウトとされるようになったのは1995年12月28日の放送からである。
  97. ^ 「わからない」と解答した場合はたとえ「未来といったらわからない」など、連想として成立していても必ずアウトになる。
  98. ^ 同音異義語で連想した場合、前述のルールが緩くなる傾向があり、堂本剛が「春といったらしき(四季)」から「しき(式)といったら入学式」(前と同じ単語を使っている)、今田耕司が「恋といったらあい(愛)」をうけて「あい(I)といったらおれ」(日本語にしただけ)など、本来アウトになるであろう連想がセーフとなっている。
  99. ^ 「はっぴといったらハッピー」、「感謝といったら機関車」など
  100. ^ 「スペシャルバナナ」では1995年12月28日の放送から導入。
  101. ^ その直後に所から「松鶴家千とせか!お前は!!」と突っ込まれた。
  102. ^ 紫外線といったらビビビビビ」や「沸騰といったらボォ~」などはその典型である。他にも西田ひかるが「タイマーといったらチーン」、北野大は「美空ひばりといったら愛~さんさんと~♪」、「おばけといったらドロンドドロン」など、柴田理恵は「血といったらドォーッ」、今田耕司は「テープといったらキャ~」、「救急車といったらピーポーピーポー」など、松村邦洋は「かえるといったらケロケロケロ」と答えたことがある。
  103. ^ 松岡昌宏が「日本一といったらオレ」、加藤紀子は「野球といったら好き」(その際自ら「本人の思い込みなので失格」と言った。)、ラサール石井は「巨人といったら優勝」、麻木久仁子は「美人といったらわたし」、北野大は「ペンキといったらうちのおやじ」、間寛平は「香水といったらくさい」、「気持ち悪いといったらなめこ」など、松村邦洋は「台といったら茶色」、「踏むといったら馬」など、石塚英彦は「細いといったら石塚くん」、今田耕司は「なかよしといったら俺達」と答えたことがある。勘違いの解答では、高田純次が「赤いといったら人形」(人参と間違えた)、間寛平は「お星さまといったらかりんとう」(コンペイトーと間違えた)、松村邦洋は「ワイドいったらビーナス」(BSと間違えた)、定岡正二は「温度計といったら寒い」(体温計と間違えた)と答えたことがある。
  104. ^ 聞いてない! アウト!!」と出た。
  105. ^ 連想できない」のケースもしばしば見受けられた。
  106. ^ その他アウトの条件は、4文字以上の言葉で答えた場合(ジャンプなど)、同じ意味の言葉(「のぞみ」が出た後に「のぞむ」など)、下品な単語を発した場合である。
  107. ^ 「ら○○」は「らくだ(ラクダ)」や「らっぱ(ラッパ)」、「○じ○」は「かじき(カジキ)」や「すじこ(筋子)」、「○○お」は「はなお(鼻緒)」や「かつお(カツオ)」等がある。
  108. ^ 特に「1,2(ワンツー)チェンジ」がそうであり、勝負が決する2人になると1文字変え続けることになる側の解答者が不利になる。
  109. ^ 両手で床を指し失格した解答者もいた。
  110. ^ また、スペシャルポーズの1つに左手で床を指す「ハンカチ」というものがあった。
  111. ^ 1995年12月14日放送の90分スペシャルの第2回戦での「体温計」、1996年2月29日放送での「イヤリング」。なおこの日のもう一つのポーズである「子ブタ」は一度だけ出た。
  112. ^ 基本的に100点であるが、1995年のクリスマススペシャルでは、2回戦行ったことと6人での対決であったためか50点であった。
  113. ^ 初登場した1995年10月12日放送の「大マジカル」の2回戦では、1つ目にこの間違いで4人が一度に失格した。
  114. ^ 1995年12月14日の90分スペシャルより。
  115. ^ 初登場回では逆戻りしてもアウトにはならなかった。
  116. ^ 後に登場した指名制のクイズ(「マジカル指名バナナ」や「指名ドレミファ金土」など)にもこのルールは引き継がれている。
  117. ^ 1995年12月14日の90分スペシャルでは1回戦がお菓子、2回戦が鳥で、同年12月28日の大マジカルでは1回戦が魚、2回戦が日本の都道府県であった。
  118. ^ ごく稀に、シャッフルの結果自分のパネラー名が割り振られた席に付くことがあった。
  119. ^ 席移動のタイミングや回数は放送回によってまちまちであった。
  120. ^ 2人同時アウトは3度あり、1回目は江川卓草彅剛、2回目は間寛平松岡昌宏、3回目は北野大と松岡昌宏だった。「呼ばれたのに答えない! 呼ばれていないのに答えた! 二人ともアウト!」と表示
  121. ^ これによって所の思惑通り自らに割り当てられた名前を間違え失格となった早坂は、所に憤慨し殴りかかるような仕種を見せた。そして退場際に早坂は「ひどいよ、所さん!」と反論したが所は「何が?」と何処吹く風であった。この回は最後に長瀬が自分を指名して自滅し、所が勝ち残った。
  122. ^ 今田耕司はこのクイズが苦手で「だ・ぢ・づ・で・どで始まるいっぱい立っているもの」では「土手」、「た・ち・つ・て・とで始まるとっても疲れるもの」では「トントンする日曜大工」と、珍解答を連発しており「このクイズ向いてないですわ!」と言っていたほどである。また、松村邦洋も「…もの」とは反対のものを答えるケース。例:『「く」で始まる軽いもの』→『クマ』、『「え」で始まる固いもの』→『絵の具』などが多く、このクイズが苦手であった。
  123. ^ 途中で、「ジャンケンポン」のリズムが変更された。
  124. ^ 猿岩石有吉弘行は、パーを出し損ね3と解答しアウトとなった。
  125. ^ この他にも、「ラシ土」の次を「レミファ」(正解は「日月火」)と答えるなど、前の解答者の答えから分岐部分を続けて言うミスも多かった。
  126. ^ お題を逆さに読めなかったため通らなかったが、風見しんごが「チョキ」というお題を出そうとしたことがある。
  127. ^ 「マジカルチェンジ」も同様。
  128. ^ その際には、マル禁文字で-50点のルールは適用されない。
  129. ^ 今田耕司の「ボンボン」のお題に加藤紀子は「お金持ちの息子」と答え、永井美奈子に「それは『ボンボン』の意味です」と指摘されてアウトとなった。
  130. ^ 1997年7月10日放送の60分SPで猿岩石が「油顔の板東さん」と答えた際には、イラストではなく笑顔の板東英二の顔写真が表示された。
  131. ^ そのため、編集的におかしくなってしまう場合があり、今田耕司の「ボンボン」というお題に対し松村邦洋が「砂糖の音」と解答するが、実際は「カクカク」に対する解答であった(周りの出演者も「カクカク」とコールしかけていた)。
  132. ^ お題が「七五三」の時に風見しんごが「アメリカではやらないぞ~」と答えた時はセーフだったが、お題が「クリスマス」の時に加藤紀子が「サンタのおばさんはいないぞ~」と答えた時はアウトとなった(テロップには「「~がない」という言い方はダメ! アウト」と表示された)。
  133. ^ 歌詞は桃太郎の『おこしにつけたきびだんご』でメロディがうさぎとかめの『歩みののろいものはない』等。
  134. ^ 例:第1組が本命・一番人気・絶好調・要注意、第2組が対抗・名門・一発逆転・大穴。
  135. ^ ちなみに、初期の『お笑いマンガ道場』にも、似た様なコーナーがあった。
  136. ^ お手つき中はパネラーはイスに座って休むことになる。またそのパネラーのセットには「休み」の札が上がり、後ろのランプも消える。ただし最初の数回はランプは消えず、休みのパネラーの席に「お手つき休み中」と表示された。
  137. ^ なお、2人対戦のときはお手つきは相手の得点となる。
  138. ^ 和田アキ子は「知らんがな!」と叫んでしまったり、高田純次は「あっ!」と叫んでしまい、お手付きになることも。また1994年3月30日放送のスーパークイズスペシャルでは島田紳助が後ろから回答者を急かした際に、その声が拾われてお手付きになってしまったことがある。
  139. ^ 1994年3月30日放送のスーパークイズスペシャルにおけるジャイアント馬場など。
  140. ^ 叫ぶと光るランプが●型から★型になる、そのほか、スペシャルシャウトで出題されていた問題がレギュラーで加わるなどの変化があった。
  141. ^ 「スペシャルシャウト」「スーパーシャウト」などと呼ぶこともあった。
  142. ^ 但し、現在は出題当時のサイドアウト制からラリーポイント制になっておりルール上は300点を取ることは可能である。
  143. ^ 単独コーナーとしての出題の際は、通常のシャウトでは出題されない。また、出題ジングルが通常のシャウトとは異なっていた。
  144. ^ 明らかにギャグを狙ったものもあるが、大抵の場合はヤマを張って外れたために訳の分からない解答になっていた。
  145. ^ その直後に板東英二から「さしみ回転っていっぺんでいいからやってみてください!」と突っ込まれた。おそらく、「頭に『さ』のつく」と言われて、「さしみ」とヤマを張っていたが、「鉄棒ですること」と言われたため、このように解答したと思われる。
  146. ^ 間寛平はこの解答が強烈な印象が残ったせいか、その次に出された「お砂糖お塩お味噌 『お』をとると調味料にならないのは?」という似たもの三択でなすと答えてお手つきとなり、当の所ジョージからは「遅すぎる!」と突っ込まれた。(ちなみにこの問題の正解は「お塩」)
  147. ^ 他にも早坂好恵が「たろう」山口達也「たんぼ」と答えた。
  148. ^ 他にも風見しんごがらっきょう手紙」と答えた。
  149. ^ 他にもぜんじろうがビルマと答えた。その後、所ジョージが「球技って言われたら『ビスケットボール』と答えましたけど」と続けた。
  150. ^ この解答のせいで、間寛平は正解の空中ブランコを言うはずがつられて「く、く、く…」と口走ってしまい、お手つきとなってしまった。
  151. ^ 解答後所ジョージは「元旦にネコが来ると縁起がいいんだ!!一年の!!」と言っていた。
  152. ^ 永井美奈子から「小森のおばちゃま」にしか言っていないと見なされたためお手つきとなった。
  153. ^ いとこ」という答えを引き出す引っ掛けで作られた物だと思われる。
  154. ^ 女性なのにはしたない解答が多かった。「頭に『ぶ』のつく下着」でブリーフ!」と答え(他の正解は「ブラジャー」など)、所ジョージに「君がなんでブリーフなんだよ!!」突っ込まれて「いっぺんね、使ってみたかった」と話した。「頭に『ベ』のつく座るもの」で「便器!」と答え、永井美奈子から「やっぱり女性はベンチでしょうね」と突っ込まれた。。
  155. ^ その直後に板東英二から「長瀬君、ヘリピーてな何ですか?」「のりピーはおります。ヘリピーはないでしょう!」と突っ込まれた。おそらく、「頭に『へ』のつく」と言われて、数秒後に「乗りもの」と言われたためだった。
  156. ^ 主に食べ物系の答えを出すことが多かった。例として「頭に『す』のつくスポーツ」ですし!」(正解は「相撲」、「水泳」、「スキー」、「スケート」)、「頭に『と』のつく」でトマト!」(正解は「トンビ」、「トキ」、「トラツグミ」)、「頭に『ま』のつく番組」でまんじゅう!」(正解は「マジカル頭脳パワー!!」、「魔法使いサリー」など)、「頭に『だ』のつく宝石」でだいこんじる!」(正解は「ダイヤモンド」など)などがある。しかし得意な食べ物系の問題、「頭に『か』のつく果物」ではカブトガニ!」(正解は「カキ」、「カシス」、「カボス」、「柑橘類」など)、「頭に『ま』のつくキノコ」では「ま~つたけ!」(正解は「まつたけ」、「まいたけ」、「マッシュルーム」など)と解答した。他に「頭に『に』のつくに浮かぶ」で!」(正解は「入道雲」)、「頭に『き』のつく当番」の問題での間に所ジョージが「きんた…」とつぶやいたため、釣られて金太郎!」(正解は「給食当番」など)と答えたこともあった。
  157. ^ 1995年12月28日の『大マジカル』で出題された際、解答者全員が「ぷぅ」と解答した。
  158. ^ 今田耕司がこの作戦で正解した翌週、風見しんごもこの作戦で解答したが、途中で混乱してしまいお手つきとなった。この時にはまだ画面の文字が消える措置はなかった。
  159. ^ 1996年5月16日放送分では、「さんぽ」(散歩)のうら文字が題材として出され、スタジオから高らかな笑い声が生じていた中、国分太一は冷静に正解を答えたが、それより早く間寛平が「かんぽ」と答えたため、間のお手つきとして処理された。間は直後に「いや、間違うて言いかけてねぇ、あれをねぇ。」と”釈明”をした。
  160. ^ 所ジョージが「やー」と長く延ばしながら考えたあと「きにく」と言って解答したが、反則とみなされお手つきとなった。
  161. ^ 所ジョージは「砂消しゴムで何年もやれば消えるのでは」と屁理屈を言った。
  162. ^ 所ジョージはこの問題に対して唯一手を上げたが、「これは私だけだ!生き残り!」とアピールしていた。その時、千堂あきほは「分からないから上げなかった」と発言。所も便乗して「千堂がうちの楽屋に来て板東さんの悪口をずっと言っている」と言ったため、板東が詰め寄るシーンがあった。
  163. ^ 同点決勝は判断が一番早かったパネラーが勝利となる。問題が「手を上げれば正解」の時は、一番早く手を上げたパネラーに得点が入るためそこで終了となるが、問題が「手を上げなければ正解」の時は、決着がつかずに次の問題に行くこともしばしばあった。
  164. ^ ただし、カミセンがジャンプで意見を変えたほか、川崎麻世カイヤと出演した際に、意見が分かれ仕方なくジャンプでカイヤの意見に合わせた。ちなみに林家ペー林家パー子が出演し意見が分かれた際は、そのままであった。
  165. ^ 普段は標準語で喋る千堂あきほも「分からへんがな!どこがクマや!」と関西弁(千堂あきほが兵庫県尼崎市出身のため)で突っ込みを入れた。また、別の組だった所ジョージは板東英二から「所さん、ちょっとシロクマ描いてみて!」と言われて「シロクマ」を描いたものの、間寛平のマネをして板東に突っ込まれた。
  166. ^ このことが原因で,近所の小学生から「うんこ加藤」と呼ばれていた。後に、「マジカルシャウト」の「似たもの三択」で「うどんうんこトイレットペーパー、一番長いものは?」という問題が出題され、加藤は自信をもって「うどん!!」と答えお手つきになったことがある。加藤は「私の問題だと思ったんです」と語った。その後「頭に『う』のつく手のひらに乗るくらいのもの」という問題では、千堂あきほの「紀子ちゃん、お得意じゃない!」というコメントもあってか、3人が「うんこ(うんち)」で揃ったが、加藤だけが「うみがめ」と解答、「食事時間中ですよ?」と言い訳したが、所ジョージから「『う』のつく長いもの、何て言ったよ?」と返された。
  167. ^ 「頭に「ち」のつく毎日触るもの」では千堂あきほも含めた3人の解答者が「ちんちん」と答えたのに対し、飯島愛だけは「ちち」と答えた。飯島は「だって(千堂が)言わないかと思って・・・」と言ったのに対し千堂は「言ったわよ!一生懸命!」と恥ずかしがりながら反論した。
  168. ^ ただし、本数が違っていても近ければ点数が入るようで、高田純次が1本差で不正解だったときに「でも40点だから!」と言っている。
  169. ^ 1回ほど指示役が本来はない「4!」と叫び、クラッシュさせたことがある。のちに「4番はありません」というテロップが表示された。
  170. ^ 1人1個ボタンを担当、特定の人に指示できない。ちなみに、現在走っている車線のボタンは赤く光っている
  171. ^ 後にボタンに番号を付け、指示役が障害物のない車線の番号を指示するようになってからは運の要素は軽減されている
  172. ^ 久本雅美はヤギ・カッコウ・牛など(最終回で久本に牛の物まねをやってみてと言われた板東も挑戦したが、地声であったため出演者に突っ込まれた。)間寛平はネズミ・パフパフラッパなど。(パフパフラッパに至っては自身のギャグである「アヘアヘ」に近い形になってしまい、チームから袋叩きにされた)
  173. ^ 他にも観月ありさ江川卓が挑戦した犬など。
  174. ^ 例として、初登場となった1997年11月13日放送分の最初の問題で、泳ぐならどっち?1・ねばねば納豆いっぱいのプール、2・激辛カレーいっぱいのプールなど、実生活ではそのような選択を迫られないようなものが多かった。
  175. ^ 矢崎滋川合俊一は9.999秒、森口博子は10.001秒。
  176. ^ この回の4番は泉ピン子であったが、ネタに走らず質問に答え続けたため、今田耕司が「今日は4択ですよ!」と言ったことがある。
  177. ^ モト冬樹が挑戦した「箱の中に体を入れてフタを閉める」等
  178. ^ すでに出たマル禁ワードを答えた場合や、マル禁ワードに加えて他の理由でもアウトになった場合も同様。
  179. ^ 「おぼえてしりとりバトル」では当初1994年クリスマススペシャルを除き減点制度はなく、1995年3月2日放送分から減点制度が導入された。
  180. ^ スーパークイズスペシャル」での「オープニングバナナ」「オープニングチェンジ」では減点はなかったが、1996年秋の「スーパーマジカルチェンジ」では-50萬のペナルティであった(優勝者には30萬)。
  181. ^ 但し「スーパーマジカルチェンジ」や「マジカルワンツーチェンジ」の頃はカタカナ語はカタカナで表記だった。
  182. ^ 長い文字を言ってマル禁ワードを引いたことがある所ジョージと今田耕司は驚愕な表情を見せていた。また所はいきなりマル禁を引くことが4週連続で続き、「こんなのねえだろうよ~!」とぼやいていた。他に、「加藤紀子」「板東英二」がマル禁ワードであったこともあり、「加藤紀子」がマル禁だった際は、直前の言葉を立て続けに3人忘れ、ようやく言えた加藤紀子が解答したところマル禁で、板東は「これがルールか!」と叫んだ。また、「板東英二」がマル禁のときには思わず板東は「私がマル禁!?失礼な!」と戸惑った表情を見せた。
  183. ^ マル禁語が登場した最初の回のみ(お題は「あたまに『すい』)、引っ掛かっても時間内なら言い直しができた。
  184. ^ 「スーパークイズスペシャル」での1996年秋の「マジカルバナナ」では-50萬のペナルティ、1997年春の「マジカル裏バナナ」では-20萬のペナルティであった。
  185. ^ 「大マジカル」の「マジカル裏バナナ」において定岡正二が前に使った全ての字が含めた言葉を答えた為、番組初の-100点が出た。








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