ホットラインとは?

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 社会 > 社会一般 > > ホットラインの意味・解説 

ホットライン [4] 【hot line】

非常の際に二か国の首脳直接話し合えるように設置された直通通信線。1963年偶発戦争防止する目的で,ワシントンホワイト-ハウスモスクワクレムリンの間に設置されたのが最初
転じて)緊急非常用直通電話

ホットライン

【英】Hotline

最近購入したり、質問をしたり、サンプル取り寄せたりした人々をさす。何をもって「最近というかはマーケターによって違うが、一般的に1カ月以内から3カ月以内の間を示す。ホットラインのリストレンタルにはプレミアム割り増し料金付加される。購買日が最新であるため、この人々は購入する用意があり、購入する気があり、購入する能力があると考えられるからである。この人々のリストをホットライン・リストという。

ホットライン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/10/10 00:58 UTC 版)

ホットライン英語: hotline)とは、2か国の政府首脳が非常時に直接対話ができるように設置された直通の電話回線の通称である。転じて重要な連絡を行うための直通電話回線を指すようになった。

米ソホットライン

英語では Moscow-Washington hotline または Washington-Moscow Direct Communications Link という。

元々は、キューバ危機の後の1963年8月30日アメリカ合衆国ホワイトハウス)とソビエト連邦クレムリン)との間に設けられた直通回線を指した。二大国家の首脳間で意志疎通を直接行うことで偶発的に戦争が発生しないようにという意図からであった。その後、同様の回線が各国首脳の間に設けられるようになった。

それ以前、キューバ危機が起きた1962年まで、米国とソ連の通信は6時間かかった。通信の手順は以下の通りである[1](クレムリンからホワイトハウスへ送る場合は順序が全て逆になる)。

  1. アメリカ合衆国国務省(ソ連外務省)がワシントン(モスクワ)の大使館と連絡
  2. 大使館で、書簡を最高度で暗号化
  3. 配達員(クーリエ)が、大使館に自転車で取りに来る
  4. 配達員が電報局に持ち帰る
  5. 電信電話局が相手国首都へ暗号文をテレタイプで打電
  6. 電信局が受信し外務省(国務省)に配達
  7. 外務省(国務省)で暗号電報を解読
  8. クレムリン(ホワイトハウス)に配達

これは第二次世界大戦中、フランクリン・ルーズベルト大統領ウィンストン・チャーチル首相が、直接電話対談した例に倣ったものである。技術的にはスペクトル分割混合方式による音声通信であり、大西洋海底電線を使った[2]

確実と思われる資料により、米ソホットラインが設置されてから、10年ほどの状況が分かっている。

  • ホットラインは専用線であり、米ソホットラインは北欧経由と北大西洋の海底電線が使われた。予備回線が1本設けられたが、緊急時にはありとあらゆる回線が動員される予定であった。また、盗聴[3]偽通信を防ぐためにワンタイムパッドによる暗号化がされていた。
  • 機械と暗号を準備したのは米国・アメリカ国家安全保障局(NSA)である。
  • 音声ではなく、テレタイプによる文字通信(大文字と数字の)である。
  • 実質的にはホワイトハウスとクレムリンのホットラインではあるが、技術的には米側の端末はアメリカ国防総省内にあり、専門の技術者と翻訳官が24時間365日待機しており、大統領の通信をどこでも確実に行うための専門の部署が国防省と大統領との通信を確保する。そのため大統領がどこに移動・旅行・避難しようと通信が維持される。理論上は国防省が通信内容を左右できるが、そのような可能性は考慮外であり、現在に至るまでそのような疑惑が持ち上がったこともない。
  • 月に1回程度通信の状況を確認するための通信が交わされていた。
  • 米側端末は2台あり(予備機の台数は不明)受信用のロシア語鍵盤のと、送信用の英語鍵盤である。お互いに自分の母国語で送信する。
  • 大統領はウエストウイング1階の大統領執務室(オーバルオフィス)ではなく、地下の緊急対応室(シチュエーションルーム)で電話した。

この米ソ間のホットラインは、1967年の6月におきた第三次中東戦争(六日戦争)の際に初めて利用された。この時は、開戦後まもなくモスクワから国防総省にかかってきたもので、時の大統領と首相であったジョンソン大統領とコスイギン首相が停戦に向け努力する旨を確認し合っている[4]

その他の用例

  • 転じて、一般的な緊急時の直通電話(代表電話番号でなく、特に、消防本部の通信指令室や救急車と病院の救急救命室を繋ぐ)や、電話相談サービスの意味で用いられるようになった[5]

脚注・出典

  1. ^ 真珠湾攻撃のとき、米国陸軍省・海軍省からホノルルへの連絡も同様の手順を踏まなければいけなかった。直通回線のテストは行われていたが、公式回線とはなっていなかった。
  2. ^ しかし、ドイツ盗聴されていたことが戦後判明した。
  3. ^ 正確には「もし仮に盗聴されたとしても、情報理論的安全性がある」
  4. ^ シドニー D.ベイリー 著 木村申二 訳「中東和平と国際連合―第三次中東戦争と安保理決議242号の成立」ISBN 978-4807492022 (原本……The making of Resolution 242) p.118
  5. ^ 1979年三菱銀行人質事件では警察側本部と犯人を結ぶための直通電話が「ホットライン」と呼ばれた。

ガントレット (刑罰)

(ホットライン から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/06/29 06:11 UTC 版)

ロシア軍のガントレット(1845年)

ガントレット("Running the gauntlet", gantletとも綴る、まれにgantlope, gantelope とも) は刑罰体罰の一種。罰を受ける者は二列(gauntlet)に並んだ兵士の間を通り抜けるように強制され、通り抜ける間に両側の列の兵士が棍棒で殴ってゆくもの。

中世以来のヨーロッパの軍隊での刑罰として、アメリカ・インディアンの部族における刑罰として、またアメリカ西部開拓時代における私刑として用いられた。

この刑罰は現代にいたるまで、囚人に対する暴行などさまざまな目的で、そしてさまざまな場所で私刑(あるいはまた手荒い祝福)として行われている。例えば、ブラジルではポーランド回廊(ポルトガル語:Corredor Polonês)になぞらえられて表現される。

前史

古代ローマにおいて、すでにこのような刑罰が存在した。ローマ軍では見張りを怠った兵や脱走した兵に対しフストゥアリウム(Fustuarium, ラテン語で枝や鞭を意味する「fustis」より)という刑を科していた。罰を受ける者はローマ軍にふさわしくないとして軍装を脱がされ、仲間たちの信頼を裏切ったとして仲間たちの手により枝や鞭で死ぬまで打たれた。

仲間の手により処刑されるという刑の効果は、後のガントレットに匹敵する。また軍団全体に対する刑罰としては、軍団のうち10人に1人が選ばれ、残る10分の9が選ばれた10分の1を囲んで棍棒などで殺すよう強要されるという十分の一刑(decimatio)も存在した。

ヨーロッパ

ヨースト・アンマン(Jost Ammann)の出版した『Frundsberger Kriegsbuch』(フルンツベルクの戦争の書)の木版画挿絵。「Spiessgasse」(槍の小道)の間を通らされる兵士

ガントレットという刑罰は、ヨーロッパの広い地域で行われ、また長い歴史を有するため、地域や時代によって数々の違いがあり、一概に述べることは難しい。以下、一般的なガントレットの刑罰について説明する。

仲間の兵に殺させるという刑罰は、ローマ以後のヨーロッパの軍隊にも見られる。これがガントレットであった。罰を受ける兵士は軍装を脱がされ、二列に並んだ兵士の間(「die Gasse」、「小道」とも呼ばれる)を通らされ、棍棒やほこやを持った仲間たちに殴られた。その間、を持った下級士官が罰を受ける兵士の前を歩き、罰を受ける兵士が殴られる間走り抜けられないようにした。罰を受ける兵士が手首を縛られて列の間を引きずられる場合もあれば、殴られる代わりに突かれる場合もあった。

また列をなす兵士に対し、尖った武器の使用を禁じる規則や、片足はその場から動かさないという規則がある場合もあり、罰を受ける兵士に対して手で頭を守ってよいと認める場合もあった。この刑罰は死に至るまで行わなければならないものではなく、その場合は歩けなくなったところで罰は終わった。ガントレットは仲間の兵士の間で行われるものであり男らしく仲間たちに制裁されると考えることもできるため、衆人環視のさらし台(pillory, pranger, stocks)で打たれる刑と比べると不名誉な刑ではないと考えられていた。

軍隊によっては、ガントレットの間を走りぬけて反対側へとたどり着けた場合には、過ちは償われたとみなされて部隊に戻ることを許される場合もあった。しかし反対側にたどり着いてもまた列の間に戻され、ガントレットの間を死ぬまで歩かされる場合もあった。

プロイセン騎兵の場合は鞭の代わりに拍車で罪人を打った。フランスの軍でもガントレットは一般的な罰であり、特に窃盗の際などに科されていた。イギリス海軍にも窃盗の際にはガントレット同様の刑があり、カットラスを持った下士官が罰を受ける兵の前を走れないよう塞ぎ別の下士官が兵を後ろから押し、ロープを編んで鞭のようにしたものを振う仲間たちの間を歩かせた。また士官学校の訓練やしごきとして行われることもあった。

「ガントレット」(gauntlet)という英単語は、フランス語由来の同じ綴りの単語(gauntlet, 甲冑の籠手)とは無関係である。おそらくスウェーデン語の「gatlopp」(通りを走る)が三十年戦争の間にイギリス軍兵士の間に持ち込まれたものであろう。こうした刑罰はドイツオーストリア、特にプロイセン王国の軍隊において「Spießrutenlaufen」(うなる鞭の間を走る)と呼ばれて続けられた。ロシアでも19世紀までこうした刑罰があった。スウェーデンでは18世紀まで軍隊のみならず一般人に対してもこうした刑罰が行われていた。

アメリカ・インディアン

アメリカインディアン部族のうち、東部森林地帯のイロコイ連邦文化圏に属する部族のいくつかが、二列に並んで棒を持った人々の間を捕虜に走らせるというガントレットに良く似た儀式を行った。捕虜である敵部族員が無事走り抜けられれば、イロコイ族の部族員として迎え入れられた。

イエズス会の宣教師で後に列聖されたイサク・ジョゲ(アイザック・ジョーグ、Isaac Jogues)は、1641年イロコイ族に囚われていた時期に刑罰的にこの儀式を受けた。

ダニエル・ブーンウィリアム・クロウフォードなどもインディアン部族に囚われた時にこの刑罰を受けている。

インディアン寄宿学校では、脱走したインディアンの子供にこの刑罰を課す場合があった。これは「ホット・ライン」と呼ばれた。

メディア作品

外部リンク






ホットラインと同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

「ホットライン」に関係したコラム

  • 株式の小型株とは

    東京証券取引所(東証)では、規模別株価指数の算出のために一部上場銘柄を大型株、中型株、小型株の3つに分類しています。その基準は、時価総額や株式の流動性などによって順位づけしたものになっています。大型株...

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「ホットライン」の関連用語

ホットラインのお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

紙管

フロアホッケー

チャグチャグ馬コの鈴の音

TH3000型

ドイツラム

モハ2形

増女

もみ





ホットラインのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2017 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
JERICHO CONSULTINGJERICHO CONSULTING
Copyright (C) 2017by Jericho Consulting Co.,Ltd. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのホットライン (改訂履歴)、ガントレット (刑罰) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2017 Weblio RSS