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ベナン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 14:17 UTC 版)

ベナン共和国
République du Bénin
ベナンの国旗 ベナンの国章
国旗 (国章)
国の標語: Fraternité, Justice, Travail
(フランス語: 仲間、正義、労働)
国歌: 新しい日の始まり
ベナンの位置
公用語 フランス語
首都 ポルトノボコトヌー¹
最大の都市 コトヌー
政府
大統領 ヤイ・ボニ
首相 なし
面積
総計 112,620km299位
水面積率 1.8%
人口
総計(2008年 8,935,000人(94位
人口密度 64人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 2兆9,914億[1]CFAフラン
GDPMER
合計(2008年 69億[1]ドル(128位
GDPPPP
合計(2008年 130億[1]ドル(138位
1人あたり 1,605[1]ドル
独立
 - 日付
フランスより
1960年8月1日
通貨 CFAフランXOF
時間帯 UTC (+1)(DST: なし)
ISO 3166-1 BJ / BEN
ccTLD .bj
国際電話番号 229
註1 : 憲法上の首都はポルトノボだが、政府所在地はコトヌー。

ベナン共和国(ベナンきょうわこく)、通称ベナンは、西アフリカに位置する共和制国家。南北に長く、西にトーゴ、北西にブルキナファソ、北東にニジェール、東にナイジェリアと接し、南は大西洋ギニア湾に面する。憲法上の首都はポルトノボ、事実上の首都はコトヌー

目次

国名

正式名称はフランス語で、République du Bénin(レピュブリク・デュ・ベナン)。これに因む通称はBénin

公式の英語表記は、Republic of Benin(リパブリク・オヴ・ベニーン)。これに因む通称はBeninベニーン)。

日本語の表記は、ベナン共和国。通称、ベナン。漢字では貝甯と表記される。かつては英語発音またはローマ字読みから、ベニンとも表記された。しかし、現在では現地の発音により近いベナンという表記が浸透し、それを受けて例えば日本新聞協会がカナ表記のガイドラインを「ベニン」から「ベナン」に変更するといった動きがあり、このためこの傾向はさらに促進されている。これには、ナイジェリアのベニン王国(Benin)やベニン市と区別するという意識もあると思われる。

1960年フランスからの独立当初はダホメー共和国。ダホメーは国土南部の限られた地域を指す名称であり、北西部のアタコラ県や、北東部のボルグを含めるには不適切だったので、ダホメーが面していたベニン湾に因み国名を決め、1975年ベナン人民共和国が成立した。その後、1990年社会主義政策の放棄と共に現在の国名となる。ちなみにベナンの公用語であるフランス語ではhは発音されないため、ダホメー(Dahomey)はダオメーに近い発声となる。

歴史

ダホメ王国の国旗(1889年)

フォン人の居住地区であった現在のベナンに相当する地域に、17世紀ダホメ王国が成立した。ダホメ王国はヨーロッパ人の商人との奴隷貿易を主な収入源にして銃火器を輸入し、1730年に現ナイジェリアのオヨ王国によって服属させられたものの、その後も18世紀を通して周辺の国を軍事的に攻撃して繁栄した。ダホメ出身のフォン人の奴隷は、アメリカ大陸のフランス領サン=ドマング黒人奴隷共同体の中で文化的なヘゲモニーを握り、フォン系のトゥーサン・ルーヴェルチュールハイチ革命を担うなどの出来事があった。19世紀に入ってヨーロッパ諸国によるアフリカの本格的な植民地化が進むと奴隷貿易が徐々に廃止され始めたため、ダホメの財政基盤に影響が及び、最終的にはアフリカ分割の中でダホメに目を付けたフランスによって1894年に征服され、この一帯はフランスの植民地となった。

1960年に自治共和国からダホメー共和国として独立した。しかし、バリバ人、ヨルバ人、フォン人などによる民族抗争が続いて政情は動揺し、クーデターも頻発した。1972年の建国後5度目の政変でマチュー・ケレク政権が成立。ケレク政権は1975年11月に国名をベナン人民共和国に改称し、内政的にはベナン人民革命党(PPRB)の一党制に基づく社会主義路線を標榜、外交的には中華人民共和国に近づいた。しかし、ケレク政権は経済運営に失敗し、1990年代社会主義陣営の崩壊を受け1990年にベナン共和国に改称し、複数政党制三権分立大統領制を骨子とする新憲法が国民投票で制定された。翌年の大統領選挙ではケレク政権は敗北して退陣、変わって前首相のニセフォール・ソグロが大統領に選ばれた、議会もソグロ派が多数を占めた。1996年の大統領選挙ではケレクが大統領に復帰。2006年3月の選挙でヤイ・ボニが当選し、大統領となった。




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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ Background Note: Benin
  3. ^ OHADA.com: The business law portal in Africa, http://www.ohada.com/index.php 2009年3月22日閲覧。 
  4. ^ International Religious Freedom Report 2007: Benin. United States Bureau of Democracy, Human Rights and Labor (September 14, 2007). This article incorporates text from this source, which is in the public domain.
  5. ^ ジョアン・マノエル・リマ・ミラ「ラテンアメリカにおけるアフリカ系文化」子安昭子/高木綾子(訳)『ラテンアメリカ人と社会』中川文雄/三田千代子 (編)新評論 1995/10
  6. ^ https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/bn.html 2009年5月31日閲覧
  7. ^ Benin, http://aflit.arts.uwa.edu.au/CountryBeninEN.html 2007年9月30日閲覧。 
  8. ^ Accessible at Golden days highlife #13, 13 minutes into MP3, accessed 30 March 2008


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