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ノーブレーキピスト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/10 14:47 UTC 版)
ノーブレーキピスト (no brake pist) とは、ブレーキを装着していない状態で公道で使用されているトラックレーサーのこと。
なお、もともとトラックレーサーは競技場で使用されるものであり、ブレーキを装着しないのが基本である。そのため競技場において使用されるトラックレーサーについては、ブレーキが装着されていなくともノーブレーキピストとは呼ばれない。
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概要
ベースとして使われるのは専ら競輪選手の放出した中古のピスト(トラックレーサー)である。ギアは固定ギアで、ブレーキは名前の通り装着されていない。ハンドルはブルホーンバーまたはドロップハンドルのものが多いが、近年では異常に短く切りつめたストレートハンドルを装着したものも見られる(操縦性が極端に厳格になるため、安全面で推奨されない)。
日本での普及
トラックレーサーは固定ギアを使用するため、構造が単純で整備性・耐久性に優れている。これに注目したアメリカ合衆国の自転車便要員達がニューヨークなどで1970年代後半~1980年代にかけてトラックレーサーの使用を開始した。やがて彼らの中には、ブレーキを装着しない状態のトラックレーサーの方がより純粋な存在であり、また周囲の交通の流れを読みながら走ることで、ある種の瞑想のような経験さえも可能であると考え、それを実行に移す者が出現した。
このような考え方は2000年代半ばに日本にも輸入され、ストリートカルチャーの世界で新しい流行として取り入れられた。この流れの中で特に大きな役割を果たしたのが、ニューヨークで数年間メッセンジャーをしていたとされるデザイナーのMADSAKIやDJの藤原ヒロシらのグループである。
MADSAKIは、ブレーキと保安部品(ベル、前照灯、反射器)がついていないトラックレーサーで公道を走ることを「魂を磨く」行為とアピール。また藤原ヒロシらはスケートボードのチームを自称する「T19」なる集団とともにノーブレーキピストに乗ってマスメディアに頻繁に登場したことで[1]、日本でもトラックレーサーの知名度の向上・普及が進むことになった。そのため現在ノーブレーキピストの台数は増加傾向にある。
ノーブレーキピストに対する反応
サブカルチャーを好む人達は、危険と法律違反(詳細は後述の「ノーブレーキピスト批判について」を参照)を承知のうえで、自己責任において使用するならば問題ないという立場を取るケースが多い。しかし、一度事故を起こせば他者を巻き込む可能性が多分にあり、自己責任ならば問題がないという主張は欺瞞である。
一方、旧来のスポーツ自転車愛好家たちは危険な改造を施したトラックレーサーを嫌悪し、自分たちとは違う存在であると主張する人が多い。
ノーブレーキピストでの公道走行について
日本国内では法令によりノーブレーキピストの公道の走行が禁止されている。
ノーブレーキピスト批判について
文化的な問題
- ストリートカルチャーはその成立背景から、器物損壊行為や落書きを「グラフィティ」と呼んで称揚するなど、いわゆる非道徳的・非常識的な行為に結びつきやすい[2]。それゆえストリートカルチャーに関与しようとするものは社会的な規範を乱す、あるいは公徳心を無視しているなどの批判が常につきまとうことになる。そのためストリートカルチャーの一つであるノーブレーキピストに対しても同様の批判がされることが多い。 加えて、後述の「広告への登場」で示すように、広告分野における安易なノーブレーキピストの利用がさらなる反感を煽って、冷静な議論を難しくしている。
現実的な問題
- 安全面の問題
- 仕事や練習で固定ギアやトラックレーサーを日々使用している競輪選手はその危険を熟知しており、公道での練習に使用する機材は前後ブレーキ、ベル、リフレクターを装着したもの(「ケイリン」のCMに登場する車種)を使用している他、万が一に備えて損害賠償責任保険にも加入している。この事実が示すように、使用者がいかに安全を主張しようとも、ノーブレーキピストは一般的な自転車に比べて制動距離が長く、明らかに事故の危険が高い。
- 片方の車輪にのみキャリパーブレーキを装着したトラックレーサーを公道で使用する者も多いが、この場合、制動距離は前後両輪に制動装置を装着した自転車に比べると長くなり、あまり実用的ではない。特に後輪のみの場合は制動時に加重が抜けてしまう上、ロックした時に転倒しやすいため、極めて危険である。
- 前輪に荷重の大半を移し、後輪の回転を運転者の脚力で停止させるスキッドという技術もあるが、これは正確にはブレーキとは言い難く、回転を止められた後輪は路面をスリップするだけのため、結局自転車は相当距離を前進してしまう。そのため安全面ではあまり役立たず、パフォーマンス的な色合いが強い[3]。
- 危険性が増す装備が広がりを見せていることも問題である。トウクリップやクリップレス(ビンディング)ペダルと違い、脚が固定されないフラットペダルでは制動力がさらに落ちる。スキッドを楽しむために敢えて後輪にグリップの弱いタイヤを装着すると、後輪にキャリパーブレーキを装着してあっても飾り程度の効果しかなくなってしまう。
- 法律上の問題
- 本来トラックレーサーは、レーシングカー・モトクロッサー・ロードレーサーといった自動車・自動二輪車と同様の純競技車両である。これらを公道走行させるためには各種の保安部品の装備などが義務付けられている(フォーミュラカー・モトクロッサーでは付けられない仕様になっていることもある)。これに当たる装備のないノーブレーキピストは道路交通法違反(自転車の制動装置は道路交通法施行規則により「前車輪及び後車輪を制動すること」と定められている)であり、公道走行を許されない軽車両である(千葉で公道練習中の高校自転車部員が放置駐車の自動車に衝突し死亡する事故が起きたが、使用していたピストレーサーが片方にしかブレーキを着けていなかったために過失相殺が行なわれた)。
ノーブレーキピストの制動力
ホンダの技術者であるふじいのりあきは、自著『ロードバイクの科学』においてノーブレーキピストの制動力を検証している。ふじいによると、ノーブレーキピストの制動力は最も理想的な条件(高い操作技術を持つ者がビンディングペダルかトークリップを使用した場合)を考えても最大で0.13Gであり、しかもこの制動力は低速走行時に限定される(高速走行時は逆踏みによる制動体勢そのものが不可能)と言う。加えて逆踏みによる制動体勢に入れるのはペダル1回転につき1度であり、この体勢に入るまでに最大で4.5mも自転車は進んでしまうとふじいは指摘している。
ちなみにこの理想値0.13Gは30km/hからの制動に27m強を要し、標準的なキャリパーブレーキを使用した際の6.8mを大きく上回る(プロのロードレース選手はさらに短距離で止まることができる)。これらの考察からふじいは、ノーブレーキピストには乗るべきでないと結論づけている。[4]
広告への登場
- 2007年4月9日、ナイキ社はブレーキを装着していないトラックレーサーを抱えた若者たちが公道に立っている写真に「ブレーキなし。問題なし。Just do it!」というコピーを添えた壁面広告を製作し、渋谷パルコの壁面に貼りだした。しかしこの広告が前述違法行為を誘発・是認するものではないかという苦情が殺到し、数日で撤去された[5]。
- 2007年8月1日、マガジンハウス社の雑誌『BRUTUS』はノーブレーキピストが登場する日本マクドナルド社のペイドパブリシティ記事を掲載[6]させており、広告分野においてノーブレーキピストが登場する機会が増えている。
- 2008年9月、蛯原友里が資生堂ANESSAの広告においてノーブレーキピストを小道具に使用(ロケーションはアメリカ国内の設定である)。[7]
注
- ^ 宝島社「ピストバイク・バイブル」
- ^ 例えばジャン・ボードリヤールはグラフィティを「メディア・記号・支配者の文化による恐怖政治的権力の空間/時間としての都市への、新しいタイプの攻撃」と規定して、これに肯定的評価を与えている(ボードリヤール『象徴交換と死』筑摩書房、1982/1992年、184ページ)。
- ^ 今中大介によるノーブレーキピスト批判
- ^ ふじいのりあき『ロードバイクの科学』スキージャーナル、2008年、74-75ページ
- ^ ナイキの謝罪声明
- ^ 雑誌『BRUTUS』の記事
- ^ http://www.shiseido.co.jp/anessa/ 資生堂ANESSA ※ページ右下に「日本国内での走行にはブレーキの装着が必要です。」と注記がある。
参考資料
- 『ザ・ピストバイク・バイブル』(宝島社、2007年)
- 「特集NO BIKE, NO LIFE:自転車に夢中!:San Francisco/Track Bike, #03 New York/Messenger 」『BRUTUS』No.620 (マガジンハウス、2007年)
外部リンク
- WIRED NEWS「若者の人気を集めるブレーキなし自転車「フィクシー」 - ブレーキを装着していないトラックレーサーを使用するボストンのメッセンジャーの紹介

