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ナンシー [Nancy]
ナンシー [Jean-Luc Nancy]
映画監督・出演者情報 |
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ナンシー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/11 05:12 UTC 版)
| Nancy | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | ロレーヌ地域圏 |
| 県(département) | ムルト=エ=モゼル県 (県庁所在地) |
| 郡(arrondissement) | ナンシー郡 (郡庁所在地) |
| 小郡(canton) | 4小郡庁所在地 |
| INSEEコード | 54395 |
| 郵便番号 | 54000 |
| 市長(任期) | アンドレ・ロシノー (2008年-2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | Communauté urbaine du Grand Nancy |
| 人口動態 | |
| 人口 | 106 300人 (2005年) |
| 人口密度 | 7 022人/km² |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯48度41分37秒 東経6度11分05秒 / 北緯48.6936度 東経6.1846度 座標: 北緯48度41分37秒 東経6度11分05秒 / 北緯48.6936度 東経6.1846度 |
| 標高 | 平均:212 m 最低:188 m 最高:353 m |
| 面積 | 15,01km² (1 501ha) |
ナンシー(フランス語: Nancy、ドイツ語: Nanzig ナンツィヒ)はフランス北部、ロレーヌ地域圏の都市である。ムルト=エ=モゼル県の県庁所在地。近隣の都市としては、約45キロ北にメスが位置する。鉄鋼業で有名。
目次 |
由来
896年、ナンシーの名はラテン語化されたNanceiacumとして記された。これはケルト語の人名をラテン語化したものとみなされている。
歴史
ナンシーの誕生は、11世紀のロレーヌ公ゲラルト1世(fr)が建てた封建時代の城に関連する。その後彼の子孫によってロレーヌ公国の首都となり栄えた。シャンパーニュ伯継承戦争(fr)中の1218年、ロレーヌ公テオバルト1世(fr)に支配された。神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世によって町は放火され徹底的に破壊された。その後再建され、新しい城によって拡張、防衛されるようになった。
15世紀頃から、ガラス工芸が盛んであったが、19世紀後半になると鉄鋼業が盛んとなり、新興の中産階級が台頭した。ナンシー派の中心人物エミール・ガレの登場によって、アール・ヌーヴォー、特にガラス工芸の中心地となった。
18世紀、ロレーヌ公の地位にあったポーランド王スタニスワフ1世(スタニスラス)のもとで、街の景観が整えられた。現在も、広場の名前としてスタニスラスの名が残されている。
オーストリアの「女帝」マリア・テレジアの夫で、共同統治者 (Corregens) であった神聖ローマ皇帝フランツ1世・シュテファンはこの地の出身であり、スタニスワフ1世に譲位するまではロレーヌ公であった (代わりにトスカーナ大公となった) 。
観光
市の中心部にあるスタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場は、ユネスコの世界遺産に登録されている。
スタニスラス広場を囲むように市庁舎、ナンシー美術館、凱旋門などが配置されており、凱旋門を通って北のカリエール広場を抜けると、ロレーヌの旧官邸ならびにロレーヌ歴史博物館がある。
- 1 ナンシーの概要
- 2 交通
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