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トスカナ【トスカナ】(草花類)

登録番号 第6304号
登録年月日 1998年 3月 18日
農林水産植物の種類 アルストロメリア
登録品種の名称及びその読み トスカナ
 よみ:トスカナ
品種登録の有効期限 15 年
育成者権の消滅 2006年 3月 21日
品種登録者の名称 コーニンクルック ヴァン ザンテン
品種登録者の住所 オランダ王国 2180エイエイ ヒルゴム 1イー ルーステルヴェーグ 1エイ
登録品種の育成をした者の氏名 G.E.ヴェルトハウゼン ヴァン ザンテン
登録品種の植物体の特性の概要
 この品種は,育成者所有無名系統どうしを交配して育成されたものであり,花は側方外花被及び中央外花被周辺部が鮮紫ピンク中央部が明紫赤,側方内花被先端部が鮮紫ピンク基部が明緑黄で暗赤の条線が入る切り花向きの品種である。  草丈及び太さは中,色は濃緑である。全形披針形長さは長,幅は広,表面の色は濃緑光沢は強である。開花方向平 ,散形花序分枝数花柄長及び1分枝当たりの花数は中である。花の縦径及び横径は長,花被片の展開度は大,側方外花被及び中央外花被全形は広倒卵形内面花色模様型,内面のAゾーンの色は鮮紫ピンクJHS カラーチャート9705),Bゾーンの色は明紫赤(同9706),条線は無である。側方内花被全形倒披針形内面花色模様型,内面のAゾーンの色は鮮紫ピンク(同9705),Bゾーンの色は明緑黄(同2705),条線の数は多,大きさは大,分布全体,色は暗赤(同0410)である。中央内花被全形は長倒卵形内面花色模様はⅠ型,内面のAゾーンの色は鮮紫ピンク(同9705),条線の数は少,大きさは大,分布上部,色は濃赤(同0409)である。花糸主な色は対す柱頭位置より下位花柱主な色はである。開花習性二季咲き以上,開花早晩は早である。  「ロカ」と比較して,草丈が高いこと,長さ及び幅が大きいこと,側方内花被内面花色模様型であること,側方内花被内面条線の色が暗赤であること等で区別性が認められる
登録品種の育成経過概要
 この品種は,1987年育成者温室オランダ王国)において,育成者所有無名系統どうしを交配して得られた実生の中から選抜以後増殖行いながら特性の調査継続し,1991年にその特性が安定していることを確認して育成完了したものである




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トスカーナ州

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 10:26 UTC 版)

(トスカナ から転送)

トスカーナ州
Regione Toscana
トスカーナ州の州旗 トスカーナ州の紋章
トスカーナ州の州旗 トスカーナ州の紋章
Tuscany in Italy.svg
イタリアの旗 イタリア
地域 中央イタリア
州都 フィレンツェ
面積 22,990 km²
人口 3,516,296 人
人口密度 153 人/km2
アレッツォグロッセートフィレンツェリヴォルノルッカマッサ=カッラーラピサピストイアプラートシエーナ
コムーネ 287 (一覧
州知事
公式サイト [1]

トスカーナ州Toscana)は、イタリア共和国中部に位置する。州都フィレンツェ

イタリア・ルネッサンスの中心地となったフィレンツェをはじめ、ピサシエーナなど多くの古都を擁している。文化遺産や自然景観に恵まれ、多くの観光客が訪れる。

目次

地理

位置・広がり

イタリア半島の北西部に位置し、地中海ティレニア海)に面しておおむね三角形状の領域を持つ。ティレニア海上にあるエルバ島など、トスカーナ群島と呼ばれる島々の大半を管轄下に置く。北東部はアペニン山脈によって区切られている。地形は丘陵が多く、アルノ川が盆地を形成している。

気候

気候は沿岸部では温暖である。

主要な都市

州都はフィレンツェピサシエーナなど多くの古都を擁する観光地としても著名である。

歴史

古代ローマの進出以前はローマの基礎を築いたとされるエトルリア人が多く住む土地で、トスカーナという名前も「エトルリア人の土地」を意味する(古代ローマ人はエトルリア人を "Tusci" と呼び、また "Etrusci" とも呼んだ)。ローマはエトルリア人を吸収し、トスカーナは本国の一部となった。

オドアケル西ローマ帝国を滅亡させた時代の後は東ゴート王国東ローマ帝国ロンゴバルド王国の支配を経た。ロンゴバルド王国がカール大帝に征服されると、後に神聖ローマ帝国となる彼の帝国の一部となり、トスカーナ辺境伯により統治された。

都市コムーネの時代になると、ピサ(1509年まで)や、シエナ(1555年まで)、フィレンツェが台頭し、最終的にはルッカを除くトスカーナの大部分はフィレンツェ共和国(後にトスカーナ大公国)に統治された。

ルネサンス時代はレオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロ・ブオナローティラファエロ・サンティといったトスカーナ人が注目を浴びた。ローマを中心とするローマ教皇領と並び中心地の一つとなった。長くメディチ家の支配下にあったが、1737年にジャン・ガストーネ・デ・メディチが世継ぎを残さずに死ぬとハプスブルク家の支配下となった。ナポレオンの時代には、1801年から1807年までエトルリア王国が成立するが、ナポレオンが敗退するとハプスブルク家の下に戻った。1860年サルデーニャ王国に併合され、翌1861年にイタリア王国が成立するが、その後も旧トスカーナ大公家は同族であるオーストリア皇帝家の庇護の下、20世紀初頭までトスカーナの領有権を主張した。

経済・産業

主要な産業は農業で、ワインオリーブ小麦などを生産している。特にワインはキャンティやスーペル・トスカーナといった名品を生産する、世界屈指の名醸地である。






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