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駅名辞典

日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社

大安

読み方:ダイアン(daian)

所在 三重県(三岐鉄道三岐線)

駅名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。


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ウィキペディアウィキペディア

ダイアン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/24 22:24 UTC 版)

 ダイアン
メンバー 西澤裕介
津田篤宏
結成年 2000年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 2000年 -
出身 NSC大阪校22期
出会い 滋賀県愛知川町立愛知中学校
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
ネタ作成者 西澤裕介
過去の代表番組 よしもと○○同好会
マヨブラジオ
同期 ピース
山里亮太
中山功太など
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2002年 笑わん会最優秀賞
2005年 BGO上方笑演芸大賞技能賞
2006年 BGO上方笑演芸大賞俳優業賞(津田)
2006年 上方お笑い大賞 新人賞
2007年 M-1グランプリ7位
2008年 M-1グランプリ6位
2009年 ダイナマイト関西DVD発売記念トーナメント大会優勝(西澤)
2009年 第44回上方漫才大賞 新人賞
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ダイアンよしもとクリエイティブ・エージェンシー吉本興業)所属の漫才コンビ。2000年4月結成、共に大阪NSC22期生。

目次

メンバー

西澤 裕介(にしざわ ゆうすけ、1977年3月14日 - )

  • ボケ担当。立ち位置は向かって左。A型。
  • 身長170cm、体重70kg。
  • 小籔千豊によって結成された小籔軍団のナンバー1である。理由は一番初めに所属したから。
  • 滋賀県立八幡高等学校卒業。高校時代は学校であまり喋ったことがなかったので、あだ名が「地蔵」だった(西澤はその事を卒業後に知った)。
  • ザ・ドリフターズとんねるずなど、小さい頃からお笑い好きであり、高校時代はラジオを録音したテープを聞きながら通学していた[1]
  • 嵯峨美術短期大学(現・京都嵯峨芸術大学)卒業。しばしば「男やのに短大行ってた」とネタにする事がある。
  • 三沢光晴に似ており、ローリングエルボーや眉に触れる仕草のモノマネをする。しかし西澤はプロレスに全く興味がない。
  • ダイナマイト関西では、残り1ポイントになってから一気に面白い大喜利の答えで畳み込み、相手を窮地へ追い詰める「西澤スペシャル」(ケンドーコバヤシが命名)を披露する。この事について本人は、 QuickJapan79号の歴代出場者アンケートで「短時間ですが、あんなにアドレナリンが出て、あんなに集中したことは初めてでした。ポイントが追い込まれたときのスリル、ドキドキ感がたまらなくよかったです。本気のガチ勝負なんで、熱くなれます。」と述べている。出場時のキャッチフレーズは“エルボーポーカーフェイサー”。
  • 中学時代、休み時間に単語帳を見ている津田に後ろの席だった西澤が下敷きで何度も肩を叩くという悪戯をしたところ、マジギレした津田にむき出しの笛で後頭部を殴られたことがある。
  • 同期の中山功太、岩部彰(ミサイルマン)と大変仲が良い。
  • 「チーム裕介」という軍団がある。メンバーは後藤淳平(ジャルジャル)、川原克己(天竺鼠)。活動内容はポカリでうだうだ喋る、日産プリンスに車を見に行く等。
  • かなりの暑がりであり、4月半ばから10月末まで半袖を着用する。10月頃、半袖を着ていたら前に歩いている人がダウンジャケットを着ていたことがある。


津田 篤宏(つだ あつひろ、本名:石村篤宏(いしむら あつひろ)、1976年5月27日 - )

  • ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。近江高等学校出身。O型。愛称は「ダーツー」や「津田やん」などがある。
  • 身長164cm、体重51kg。足のサイズが小さいらしく、西澤曰く「中二の女子くらい」。特技はフェンシング・料理。
  • 2006年6月に結婚。妻の祖母の婿養子になったため、現在は石村が名字。芸能活動は津田として行う。2007年10月31日、第一子誕生。2010年05月12日、第二子誕生。
  • 新婚さんいらっしゃい!に出演した事があるがその理由は「本人よりも妻が面白いから」。
  • ツッコミのタイミングが早い。西澤のボケが終わらないうちからツッコむ。バトルオワライヤルでの才能をバッファロー吾郎の2人に大変認められている。ダイナマイト関西出場時のキャッチフレーズは“器用リーゼント”。また同じくバッファロー吾郎主催のバトルオワライヤルでも活躍した。
  • 名前を間違えられると「違う違う〜そうじゃ〜そうじゃ〜ない〜〜」と、鈴木雅之のモノマネをして突っ込むというギャグをよくやる。他にも「ごいごいす~」や「ごいごいごす~」などのギャグもある。
  • 『ケツリンピック』と言うゲームを楽屋でやる。勢いをつけ、パンツを脱ぎおしりを見せると言うゲームである。他の参加メンバーは木村卓寛天津)、西森洋一(モンスターエンジン)。ちなみに二笑流TVでは麒麟の川島も参加している。
  • よくセリフを噛むことで知られる。1行のセリフで7箇所噛んだ記録を持つ。西澤曰く「奇跡的にフランス語みたいに聞こえた」らしい。爆笑レッドカーペットでネタの第一声で「ミスチルのコンタ・・コンサート」と噛んでしまい中笑いを出した。今田耕司から「絶対に津田くんのせいですね」と言われた。
  • 20歳の時に、目の横にあった大きなホクロを除去した。父親が高齢で芸人仲間からは「津田君のおじいちゃんですよね?」といじられる。加藤登紀子は遠縁の親戚にあたる。
  • 片腕を回しながら「ごいごいご〜い」というギャグをやる(すごいという意味)。最近は、(カメラ目線で)「ゴイゴイスー」と叫ぶようになった。
  • 高橋茂雄サバンナ)率いるシゲオボーイズの一員。高橋曰くランクがあり、街中で顔が指されるAランクだったがレギュラーだった『痛快!エブリデイ』が終わったのでランクがBに下がったらしい。
  • 高校受験で第一志望校に入れなかった事を、未だに相方にイジられる。
  • 度々、癇癪を起こす。

概要・芸風

  • 共に滋賀県愛知郡愛知川町(現愛荘町)出身で、町立愛知(えち)中学校の同級生。
  • コンビ名の由来は2人の通っていた中学校の外国人英語教師の名前である。
  • はじめは津田がボケの予定だったが、実際に舞台に立ったとき津田が「ボケを言うのが恥ずかしい」という理由で現在の役割となった。
  • 最初期のbaseよしもと時代、2002年頃からガブンチョ組に在籍していたが2002年11月の「ガブンチョCHAMP!」で優勝、タレントプロデュース組に昇格が決定し2003年1月より在籍した。
  • 第1回のbaseよしもとリニューアル時に、現在のbaseよしもと芸人の中で唯一タレントプロデュース組にいたコンビである。ちなみにガブンチョライブ組からの昇格を争った決勝戦の相手は麒麟、レギュラーババリア(解散)である。その甲斐あってリニューアル後しばらくは看板芸人としてbaseを支えたが麒麟、笑い飯千鳥らの台頭によりその地位を譲った。
  • よしもとサンサンTVに頻繁に出演している為、司会のサバンナからはゲスト紹介の際に「100回目の登場」などといじられている。
  • M-1グランプリへは2001年から出場するが2006年まで準決勝敗退が続く。2007年大会で初の決勝進出を果たすが結果は7位となった。審査員からも「(順位は7位だが)悪くはない」などの好評価を得た。津田は「また頑張って、ここに帰って来ます!」と宣言し会場から喝采を浴びた。そして、その言葉通り2008年も決勝進出を果たすが、ネタ順が一番手と不利な条件だった事もあり、結果は6位。審査員の松本人志によると、「ダイアンはトップバッターでなければ優勝していた可能性もあったのでは」との声が芸人内ではあったらしい。[2]
  • 2008年ごろから、西澤が「サンタクロース」や「寿司」「相撲」「象」「手品」「正月」などを知らないと言い、展開していくスタイルをとっている。
    • キャッチフレーズは「お笑い月見草」。これは野村克也の「王貞治長嶋茂雄ヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」という発言に由来している。
    • その際審査員の松本人志「声のトーンやツッコミのパターン(津田)があの人そっくり(浜田雅功)でみてて変な気分になる」島田紳助「短い時間にはキツイと思ったんですけども、非常に後半巻き返して僕は85点ってつけようと思ったら、最後2分くらいでだんだん上がっていって89点になりました。」とコメントしている。松本人志は放送室にて「周りの芸人たちは、もし出番がトップじゃなければ優勝していたのでは」と述べている。
  • 漫才中に西澤が唐突に「そら傑作やわ」、「いや違う違う、それ○○やないか」(○○に入るのは食べ物であることが多い。例:エビフライ、カレーライス、きつねうどん)と言うことが多い。
  • 漫才の導入部分で、津田が「○○(結婚の挨拶など)をやってみたい」と言い、それに対し西澤が自分は○○するのは得意だと答えた後、その理由を「それの推薦で高校に行ってたからな」「枠があったから」という事がある。
  • 2009年4月より公演された舞台『放課後アゲイン』の記者会見で、中山功太は「ダイアンは漫才では常にトップクラスで、最初から群を抜いてうまかった。でも逆に言うと、当時から今に至るまでまったく伸びてないんですけどね(笑)」と語っている。
  • しばしば自分達の人気の無さを自虐的にネタにする。西澤曰く「人気ない奴(西澤)と全く人気ない奴(津田)」。ちなみに昔から華がない・地味などと評される事が多く、NSCの講師にも「自分ら、おもろなかったら即死やで」と言われた事がある。



  1. ^ 2005年7月発行のbasement press 71号、12頁より。
  2. ^ 「放送室」より


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