タブラリウム
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タブラリウム(ラテン語: Tabularium)は、古代ローマのフォルム・ロマヌムの西端にあった公文書館。法律や公的記録が保管されていた施設である。それらを刻んだ青銅板(タブラエ)が保管されたことからこの名が付いた[1]といわれる。紀元前83年に起こった火災からの復興のため、カピトリヌスの丘を大規模再整備する事業の一環で、紀元前78年に執政官であったクインタス・ルタティウス・カトゥルスとマルクス・アエミリウス・レピドゥスにより建設された。
- ^ a b Musei Capitolini Tabularium
- ^ James Grout, Encyclopaedia Romana Tabularium
- 1 タブラリウムとは
- 2 タブラリウムの概要
タブラリウム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 15:30 UTC 版)
国家公文書館。紀元前78年に、独裁官ルキウス・コルネリウス・スッラによって建立された。フォルムの西端に位置する建築物で、フォルムのいわば舞台背景の役割を果たし、同時にカピトリーノの丘にあったユノ・モネタ神殿(造幣局として機能)とユピテル・オプティムス・マキシムス神殿を接続した。
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