タデウス・ローとは? わかりやすく解説

タデウス・ロー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/07 06:40 UTC 版)

タデウス・ソビエスキ・クーリンコート・ロー[1]: Thaddeus Sobieski Coulincourt Lowe1832年8月20日-1913年1月16日)は、T・S・C・ロー教授とも呼ばれ、南北戦争時の気球操縦者、科学者、発明家である。ローの人生は名声を追い求めた一生だった。ローは貧しい開拓牧畜農家の生まれだったが、気象学に興味を持ち、風や雲の動きの研究に没頭した。特に東よりの高々度の強い風を認識し、それに乗るという概念が生まれた。10代後半の時に空気より軽い気体、特に水素に魅せられるようになった。21歳までに飛行術を選んだが当時のそれは気球を操縦することだった。化学の講義を行うことと人を気球に乗せることとで正規の教育を受けるための十分な資金を稼ぐことができ、それが化学、気象学および飛行術のさらなる研究に進ませることになった。1850年代後半までに気象科学の先進的理論に加えて、気球制作でも広く知られるようになった。その大望の中には大西洋横断飛行計画もあった。


  1. ^ 彼の名前"Thaddeus"の発音は不明である。本項では便宜上「タデウス」と表記しているが、『気球の歴史』(レナード・コットレル著、西山浅次郎訳、大陸書房、1977年)のように、英語式の「サディアス・ロウ」表記を採用する資料もある。
  2. ^ Block, Eugene, Above the Civil War, p. 13.
  3. ^ Block, p.12.
  4. ^ Hoehling, Mary, ‘’Thaddeus Lowe America’s One-Man Air Corps’’, pp. 9-10.
  5. ^ Block, p. 15.
  6. ^ Both Block and Hoehling talk about Lowe laying belly down in front of a “pine knot stoked fire.”
  7. ^ Block, pp. 15-16.
  8. ^ Hoehling, p. 29. ローはコンスタンティンの代わりに響きの良い名前であるクーリンコートを使ったと見られている。
  9. ^ Hoehling, p. 33.;Block, p. 21.
  10. ^ Hoehling, p. 35.
  11. ^ Hoehling, p. 38
  12. ^ この頃の「教授」の肩書きは科学分野で専門性を開拓した者に、そのような呼称を与えた新聞記事から公式に得られるものだったことに注意。
  13. ^ Hoehling, p. 59.
  14. ^ Hoehling, pp. 50-51.
  15. ^ Hoehling, pp. 54-61.
  16. ^ Block, p.37.
  17. ^ BlockとHoehlingの2人共、ローが北軍のスパイとして投獄されたと書いた。Mary Hoehlingは、この主題に関する章を「最初の戦争捕虜」という題にした。多くの者はローがこの出来事で戦争捕虜になったと考えている。専門語の戦争捕虜とは軍事行動で敵対する軍隊に捕らえられた軍事関係者である。ローは町の群衆に捕まえられた民間の気球乗りであり、北軍スパイの可能性があるとして拘束された。スパイは軍事関係者ではなく、即決の処刑に課されることになる。戦争捕虜の場合とは大きく異なっている。
  18. ^ Hoehling, pp. 107-108.
  19. ^ ローがアメリカ合衆国陸軍長官に宛てた公式報告書では、気球司令部の組織に関する全ての出来事や通達が述べられているが、その中には決して発令されることの無かった期待する任命書の受領書も含まれていた。
  20. ^ Lowe's Official Report Part I.
  21. ^ Hoehling, pp. 148-149.
  22. ^ Hoehling, p. 153.
  23. ^ Hoehling, p.165.
  24. ^ Lowe’s Official Report Part II.
  25. ^ Lowe's Official Report Part II
  26. ^ Block, p.106
  27. ^ Block, p. 107.
  28. ^ Hoehling, p.159.
  29. ^ Hoehling, pp. 174-175.
  30. ^ Hoehling, p.176.
  31. ^ All text on the Mount Lowe Railway is summarized from Mount Lowe: the Railway in the Clouds, Charles Seims.
  32. ^ The Altadena Historical Society, Altadena Heritage, and the Pasadena Historical Museum have all put on "cemetery tours" at Mountain View Cemetery by which many of the interred personalities are resurrected in the form of an actor-impersonator who stands by the grave sites and relates stories of the celebrity in the first person. Mike Manning of Magi Media has been regarded as the only impersonator to accurately portray Professor Lowe.



タデウス・ロー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/18 16:03 UTC 版)

北軍気球司令部」の記事における「タデウス・ロー」の解説

タデウス・ロー教授北軍気球操縦士長地位求めたアメリカ人気球操縦者中でも上級の者だった。対抗していたのはジョン・ワイズ教授ジョン・ラマウンテン教授およびエズラジェイムズアレン兄弟だった。これらの者は当時飛行術で特別の資質持った気球操縦者だった。彼等中でもロー気球制作で最も成功していた者であり、大西洋横断飛行にも最も可能性がある者だった。その科学的記録ロー大きな後援者となったスミソニアン博物館ジョセフ・ヘンリー教授始め当時仲間から高い評価受けていた。 ヘンリーその他の者の推薦もあって、ロー財務長官サーモン・チェイスから接触があり、陸軍長官サイモン・キャメロン大統領引見するためにワシントンD.C.呼び寄せられた。1861年6月11日ローリンカーン会見し即座に気球使った実演申し出た6月16日土曜日ロー自分気球エンタープライズ号で、電報電鍵電報と共にコロンビア武器庫上空500フィート (150 m) に昇り通り隔てたホワイトハウス次のような一繋がり電文送った気球エンタープライズ' ワシントンD.C.1861年6月16日 アメリカ合衆国議会大統領に: この観測地点からは直径50マイル (80 km) 近い範囲見渡せる。町を野営地取り囲んでいる様は素晴らし眺めである。この空中基地から初めての電報を貴方に送ることができるのは喜びであり、この国のために気球科学有用性を示す機会与えてくれた貴方に感謝するのである。タデウス・ロー ロー最初の任務地形工兵隊とのものであり、その気球空中観察地図作り使われた。最終的にアービン・マクドウェル少将と共に働き、マクドウェルはロー気球に乗ってブルラン(第一次ブルランの戦い7月21日)の戦場観測行った。マクドウェルはローとその気球感銘を受け、その良い評価大統領に届くと、大統領自ら北軍総司令官ウィンフィールド・スコットロー紹介した。「将軍この人友人ロー教授であり、気球司令部組織しようとしており、その長になる人だ。私は貴方が彼の仕事支えてくれることを望む。」この紹介ロー気球操縦士長選別することに大きく働いた司令部設立する詳細運営方法ロー任された。気球司令部民間契約のままであるという誤解その間続きローもその隊員任官を受けることは無かった

※この「タデウス・ロー」の解説は、「北軍気球司令部」の解説の一部です。
「タデウス・ロー」を含む「北軍気球司令部」の記事については、「北軍気球司令部」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「タデウス・ロー」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「タデウス・ロー」の関連用語

タデウス・ローのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



タデウス・ローのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのタデウス・ロー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの北軍気球司令部 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS