時事用語のABC |
スローフード (slow food)
ゆっくりと時間をかけて食事をすることで、食材や料理について考えたり、一緒に食事をする人との会話を楽しむこと。もともとは、ファストフードに対比して使われ始めた。
ファストフードやファミリーレストランなどのチェーン店が世界中で広がっていくなかで、標準化・規格化された現代社会の食べ物とは違った選択を求めようというスローフードの思想も広がっているようだ。
1986年、イタリアにあるブラという小さな村でスローフード協会が発足し、
| (1) | 郷土料理や質のよい食品を守ること |
| (2) | 質のよい食材の生産者を守る |
| (3) | 消費者に「味」の啓蒙を進めていくこと |
スローフード運動の発端は、ローマにマクドナルドの1号店が出店し、いつでもどこでも同じものを食べさせるファストフードの脅威から、伝統的な食文化を守ろうとしたことにあった。個食(弧食)に見られるように、スピードや合理的な食生活を求めてきた私たちにとっても、ひとつの教訓となりそうだ。
(2002.05.10更新)
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スローフード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/11/15 19:57 UTC 版)
スローフード(Slow Food)とは、その土地の伝統的な食文化や食材を見直す運動、または、その食品自体を指すことば。
ファーストフード(ファストフード)というビジネスフォーマットと対立的なものだと考えられていることが多いが、これは間違いである。ファーストフードとの対立概念としてスローフードを考えると、理解に誤りを犯すことになる。
日本では、伝統的な外国の料理をも指し、日本の伝統的な和食や郷土料理への回帰とは限らない。また、「地産地消」と同義ではない。
目次 |
経緯
1980年代半ば、ローマの名所の1つであるスペイン広場にマクドナルドが開店した。このことが、ファストフードにイタリアの食文化が食いつぶされる、という危機感を生み、「スローフード」運動に繋がったという。
1986年、イタリア北部ピエモンテ州のブラ(Bra, 「ブラッ」と表記する場合もあり)の町で「スローフード」運動が始まった。当時、『ゴーラ』という食文化雑誌の編集者だったカルロ・ペトリーニが、イタリア余暇・文化協会(ARCI=アルチ)という団体の一部門として、「アルチ・ゴーラ」という美食の会を作ったのがはじまりである。アルチ自体は、120万人以上の会員を擁する、草の根的なイタリアの文化復興運動組織である。土着の文化、つながりをベースにしており、スローフードの理念と密接なかかわりをもつ。
理念
スローフードの理念はジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランの著書が大きく影響した。1989年のマニフェストに「人は喜ぶことには権利を持っている」というコンセプトを発表し、また、同年パリで開かれた国際スローフード協会設立大会でのスローフード宣言を経て、国際運動となった。
1996年のスローフード法令には、具体的な活動における3つの指針が示されている。
- 守る:消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守る。
- 教える:子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。
- 支える:質のよい素材を提供する小生産者を守る。
その後、美食とは何かという問いかけから、伝統の食事、素朴でしっかりとした食材、有機農業、健康によいものに関心が向かうようになり、一挙に人の注目を惹くようになってきた。その後、日本にも紹介され、各地に支部や共鳴者を集めている。世界中に83,000人以上の会員を擁するという。
日本
島村菜津の著書『スローフードな人生』が出てから、日本でも一般に知られるようになった。2000年頃から浸透しはじめ、2004年10月には正式にスローフードジャパンが設立された。
日本におけるスローフード運動の取り組みのひとつには、各地方で伝統的に栽培され、食されてきた固有の品種や加工食品のうち、希少で消滅しようとしている「食」を守ろうとする運動として、「味の箱舟(アルカ)」がある。
アジアで初めて、日本人(佐賀県)の武富勝彦氏がスローフード大賞を受賞。
関連項目
外部リンク
- スローフード20年 - くろしお宮崎日日新聞
- 秋の“恵み”満喫 綾で来月スローフードまつり - 県内のニュース宮崎日日新聞
- スローフードに舌鼓/まんのうで「そばうち道場」四国新聞
関連した本
- スローフードな宿〈2〉 ハリー中西 木楽舎
- スローフードな宿 門上 武司 木楽舎
- スローフードの奇跡 カルロ ペトリー二 三修社

