スペクトルマン
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『スペクトルマン』は、ピー・プロダクションが初めて単独で企画、制作した特撮ヒーロー番組の題名[1]。およびその番組に登場するヒーローの名称。1971年1月2日から1972年3月25日にかけてフジテレビで土曜日19時00分から19時30分に全63話が放送された、
注釈
- ^ ピー・プロダクション社長のうしおそうじは、フジテレビ編成局長の武田信敬から8月には確約を受けていたが、根回しに時間がかかったと証言している[11]。
- ^ 小林大輔アナウンサー(当時)が演じた。なおEDはノンクレジット。
- ^ ゴキノザウルスのみ目と羽が新調された。
- ^ 書籍『’70年代特撮ヒーロー全集』では、名称を三ツ首竜と記載している[30]。書籍『全怪獣怪人 上巻』では、ミツワニドンという別名も併記している[40]。
- ^ 書籍によっては、名称をキュドラー星人と記載している[42][30]。
- ^ 書籍によっては、名称をガマ怪獣と記載している[42][43]。
- ^ 書籍『’70年代特撮ヒーロー全集』では、名称を宇宙人怪獣(ノーマン)と記載している[30]。
- ^ 書籍『全怪獣怪人 上巻』では名称を巨大草人間オープンとしている[50]。
- ^ 「山崎克一」とクレジット誤表記。
- ^ スペクトルマンとの絡みのシーンを担当
- ^ JASRACにも「ネビュラの星」で登録されている[77]。
- ^ 秋田書店からは、スペクトルマンと怪獣Gメンに関する資料、怪獣の写真・解剖図などを載せた『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン 怪獣カラー図鑑』も発売されていた。
- ^ 冒険王での連載は、タイトルが『スペクトルマン』になる前に終了している。
- ^ 実写版ではネズバートン。
- ^ 初出時は「ギラギドン」と誤植。後編の扉絵は原稿が所在不明であり、完全版では誌面から収録しているため、誤植がそのまま残っている。
出典
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- ^ 『北海道新聞』(縮刷版) 1971年(昭和46年)10月 - 1972年(昭和47年)9月、テレビ欄。
- ^ 『河北新報』1971年8月5日 - 1972年10月5日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『河北新報』1971年11月11日 - 1972年6月26日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『河北新報』1971年1月1日、1971年11月11日 - 1972年7月27日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『河北新報』1971年8月7日 - 12月4日、1972年2月19日 - 5月27日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『河北新報』1971年8月7日 - 1972年3月25日付朝刊、テレビ欄。
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- ^ 京本政樹『京本政樹のHERO考証学』バンダイ〈B-CLUB SPECIAL〉、1992年7月1日、132頁。ISBN 489189234X。
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- ^ a b 宇宙船SPECIAL 1998, pp. 146–147, 平井幸夫「70年代スーパーヒーローコミックリスト」
- ^ a b vsライオン丸 1999, p. 212.
- ^ a b vsライオン丸 1999, p. 147.
- ^ a b 特撮秘宝3 2016, pp. 102–109, 年表作成 但馬オサム「うしおそうじ&ピープロダクション年表」
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スペクトルマン(第40 - 63話)
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「スペクトルマン」の記事における「スペクトルマン(第40 - 63話)」の解説
ゴリと戦う正義のヒーロー・スペクトルマンの名をメインタイトルに据え、さらに内容が変化した。怪獣よりもゴリによって地球に呼び寄せられた悪の宇宙人との戦いがメインとなり、当時の『仮面ライダー』人気を意識した等身大での戦闘シーンも増えたが、本来の悪役であるゴリの存在感が薄くなった。スペクトルマンこと蒲生譲二の孤独な戦いを軸に重厚なストーリーが展開され、ゴリの悪質な地球侵略作戦、ゴリと手を組んだ悪の宇宙人の陰謀に巻き込まれた罪なき人々が犠牲になる過酷なドラマが続出した。また第59話と第60話においては、ゴリと手を組んだ悪の宇宙人ジェノス星人の企てで、死体を凶悪な殺人鬼として蘇生させて操る薬品によって生み出された殺人鬼が街中で道行く人々を惨殺していくなど、ショッキングな展開も相次いだ。それが、ゴリが腹心のラーをスペクトルマンに倒されて絶望し、スペクトルマンの説得も聞き入れず自ら命を絶つという最終回にて結実することとなる。
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