スバル・360とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|製品情報|動画|本・雑誌|文献|商品|全文検索
Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 製品 > 乗り物 > > スバルの車種 > スバル・360の意味・解説 

日本の自動車技術240選

社団法人自動車技術会社団法人自動車技術会

スバル360 K111型

当時軽自動車法的枠組みの中で、大人4人がゆったりと乗れ、しかも、乗心地良いサスペンション搭載した愛称てんとう虫』は、市場で高い評価を受け、黎明期日本モータリゼーション発展貢献した。

保管場所:富士重工業株式会社群馬製作所本工場内スバルギャラリー (〒373-8555 群馬県太田市東本町10-1)

製作(製造)年:1958

製作者(社):富士重工業株式会社

資料種類:量産

現状:展示(静態)・公開

車名 / 製作
車名:スバル360

モデル:K111型

会社名:富士重工業株式会社

製作年:1958

車種用途:軽乗用車

実車所在/模型:スバルギャラリー(太田)

型式 / 重量
スタイル:セダン

ドア:2ドア

乗員:4名

車両重量:385kg

エピソード:てんとう虫愛称長く親しまれた。

車体 / 寸法
全長:2,990mm

全幅:1,300mm

全高:1,380mm

タイヤサイズ:4.50-10-2PR

特徴:航空機技術から生まれ軽量堅牢モノコックボディ外力に強い卵の形を斜体設計応用

車体 / 車軸 /
操縦 / 付属
前軸:トレーリングアーム

後軸:スイングアクスル

軸距:1,800mm

ステアリング:ラックピニオン式

特徴:・スバルクッションと呼ばれる乗り心地良い四輪独立懸架。 ・切れの良いラック&ピニオンステアリング方式

機関 / 寸法 /
出力
冷却/気筒配列:空冷/並列2気筒

気化器:横向通風

内程×行程:61.5×60mm

排気量:356cc

最高出力/回転数:16/4,500(PS/rpm)

燃料タンク容量:20L

特徴:高性能耐久性優れた空冷2サイクルエンジン

ハイブリッド
ハイブリッドシステム形式:なし

駆動
変速機:前進3段・後退1段

駆動方式:RR

性能
モード燃費:-

参考文献:・『てんとう虫が走った日』グランプリ出版発行 ・富士重工技術人間史『スバルを生んだ技術者たち』 ・富士重工業30年

その他事:ブレーキ:油圧式4輪制動;手ブレーキ:機械式後2輪制動;最高速度:83km/h;



ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

スバル・360

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/28 11:40 UTC 版)

スバル360Subaru 360 )は、富士重工業スバル)が開発した軽自動車である。1958年から1970年までのべ12年間に渡り、約39万2,000台が生産された。


  1. ^ 1949年の軽自動車規格制定当初、全幅は1.00mに制限されていた。この数値は2輪車のバーハンドルよりも若干幅の広い3輪貨物車の荷台が辛うじて成立するレベルであった。1950年には全幅1.30mに拡大されたが、エンジン排気量の制限があり、少なくとも1954年の規格改定時点までは、本格的な4輪自動車を成立させるのは難しかった。
  2. ^ それまでは、2ストロークエンジン=240cc以下、4ストロークエンジン=360cc以下という規格だった。当時は同じ排気量なら4ストロークより2ストロークのほうが高出力であると考えられていたゆえの差別化だったが、これが撤廃されたものである。
  3. ^ 一例として、長野県松本市に本社工場を置いていた石川島芝浦機械(現・IHIシバウラ)は1955年にリアエンジン・オープンボディの軽4輪車「芝浦軽四輪MR-2型」を開発した。同社の開発陣で、旧制松本高校(現・信州大学)で百瀬晋六と同窓生だった者が、スバル・360の開発初期、太田工場にMR-2型を運転して訪れ、百瀬の評を乞うた。しかし、芝浦軽四輪を実見した百瀬は、自動車としての水準の低さを見て取り、率直に酷評したという。全長×全幅×全高(mm)=2830×1210×1200というサイズで完全2座のMR-2型は、空冷4ストローク単気筒325ccのサイドバルブエンジン搭載で、出力は僅か8PS/4000rpm、最高速度60km/hに留まっていた。そのデザインもダミーグリル付のゴーカートもどきで、市販には至らなかった。大手企業の系列会社であっても、一般にはこの程度の軽自動車しか開発できなかったのである。
  4. ^ モータリゼーションが本格化する前の1950年代当時、日本国内には地方の山間部に至るまで緻密な路線バス網が形成されていた。道路整備以前の時代で、未舗装で凹凸の続く泥濘路や極端な狭隘路も少なくなかったが、当時の路線バス車両は、小回りが利くボンネット型車体や、大きなタイヤによる十分なロードクリアランス、頑丈なリーフスプリング支持固定車軸を備え、かろうじて車道と言える程度の悪路でも幅員さえクリアできれば、低速ではあるが踏破することができたのである。当時の日本での道路状況を考慮すれば、同時代の路線バスに比肩する悪路踏破性能達成は、市販乗用車としても十分に意味のある目標ラインであった。
  5. ^ 実際、先行した前輪駆動のスズライトは旧式な不等速ジョイントがドライバビリティのネックとなっており、またほぼ同時期に開発作業が進められていたトヨタ・パブリカは、当初前輪駆動を計画していたものの、技術的克服を成し得ず、開発中途でコンベンショナルなフロントエンジン+後輪駆動に設計変更されている。
  6. ^ これにより通常タイプの最終型スバル・360は最高速度110km/h・連続巡航速度100km/hを公称した。またスポーツモデルのヤングSS用には36PSを捻出する派生版の高出力型EK32が搭載されている。
  7. ^ これを活かしてユーザー間に「左膝でシフトレバーを押し、手を使わずに2→3速のシフトアップをやってのける」横着な操作法が編み出されたことは初期スバルの有名なエピソードとなっている。
  8. ^ 発売当時の自動車雑誌からはこの指定について「ペンタルーブを置いていない給油所ではどうするのか」という批判も見られ、ガソリンスタンドや自動車関連の小売店など周辺インフラが未熟だった、日本のモータリゼーション黎明期の実情がうかがえる。
  9. ^ なおスバル・360は極端に軽量であったため、たとえ大きく横転して仰向け状態になっても、大人2、3人がかりで元通りに引き起こしてしまうことができた。これまた超軽量車ならではである。
  10. ^ 赤城山南側の登山道路は関東平野北端の海抜150m付近から続く長い片勾配ルートであるが、海抜500m付近から勾配が著しく急峻となり、ここから10km以上に渡って、山頂近くの外輪山の峠である新坂平(海抜1400m付近)まで過酷な片勾配が続く。
  11. ^ 中川と百瀬は共に戦前・戦中は中島飛行機の社員であった。中川は戦闘機用エンジンを設計、百瀬は同エンジンの高高度用の改造を担当している。また、長谷川と百瀬は同じ旧東京帝国大学航空学科の卒業生であり、長谷川は立川飛行機に入社してB29迎撃用戦闘機キ94の設計を担当している。


「スバル・360」の続きの解説一覧




固有名詞の分類



スバル・360に関連した本

スバル・360に関係した商品


スバル・360のページへのリンク

[PR] おすすめ情報

「スバル・360」の関連用語
スバル・360のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「スバル・360」を見る
_ _   


スバル・360のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
社団法人自動車技術会社団法人自動車技術会
COPYRIGHT(C)SOCIETY OF AUTOMOTIVE ENGINEERS OF JAPAN, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのスバル・360 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS