馬の用語事典 |
スウィープ・ステークス
読み方:すうぃーぷすてーくす
【英】:sweepstakes
イギリスでは、賭事としての競馬は、マッチレースとして始まった。1:1のマッチレースでは、馬主が賭けて、買った方がお金を取るという単純なものであった。その後、1675年になってチャールズ2世がプレート(優勝盾)競走を行った。4マイルのヒート競走によって行われ、12ストン(76.2キロ)の負担重量をかけて行われた。これは、王室として大型で頑丈な馬を奨励するという特別な意図をもって行われたものであり、強くて有用な馬が誕生した。しかし、王室から王室盾(ローヤル・プレート)がもらえるプレートレース以外は、依然としてマッチレースが主流であった。マッチレースの金銭的仕組みは単純であり、各自が支出した金額を合わせて、その全額を勝者が取るというものであった。しかし、マッチレースの場合、勝馬の馬主が受取る賞金の半分は、実は自分が負担した金額である。そこで、3頭以上の多頭数レースが1750頃から始まった。これが、スウィープ・ステークスである。各馬主が50ポンドずつ支出して20頭だてのレースをすれば、勝馬主の負担する金額の比率は低下する。1762年には、49マッチレース、38スウィープ・ステークス、205プレート・レースが行われていたが、1843年には、86マッチレース、897スウィープ・ステークス、191プレート・レースとなった。これが、イギリスの近代競馬の原点として世界中に広まっていった。ステークス競走は、スウィープ・ステークスと同じ意味である。なお、幕末から明治初年にかけて横浜居留民たちが楽しんだ競馬では、3頭以上の出走馬の馬主が均等にお金を出しあい、勝った馬主がすべての掛け金を受取るをオークション・プール方式と呼び、現在の馬券と宝くじを組み合わせ、的中者をわずか一人に絞り、一人が全額を受取るようにした19世紀にイギリスで生まれた賭け方式をスィープ・ステークスと呼んでいる。居留民の大半がイギリス人で、また賭けに参加する人数が極めて少なかったためと推察される。
【英】:sweepstakes
イギリスでは、賭事としての競馬は、マッチレースとして始まった。1:1のマッチレースでは、馬主が賭けて、買った方がお金を取るという単純なものであった。その後、1675年になってチャールズ2世がプレート(優勝盾)競走を行った。4マイルのヒート競走によって行われ、12ストン(76.2キロ)の負担重量をかけて行われた。これは、王室として大型で頑丈な馬を奨励するという特別な意図をもって行われたものであり、強くて有用な馬が誕生した。しかし、王室から王室盾(ローヤル・プレート)がもらえるプレートレース以外は、依然としてマッチレースが主流であった。マッチレースの金銭的仕組みは単純であり、各自が支出した金額を合わせて、その全額を勝者が取るというものであった。しかし、マッチレースの場合、勝馬の馬主が受取る賞金の半分は、実は自分が負担した金額である。そこで、3頭以上の多頭数レースが1750頃から始まった。これが、スウィープ・ステークスである。各馬主が50ポンドずつ支出して20頭だてのレースをすれば、勝馬主の負担する金額の比率は低下する。1762年には、49マッチレース、38スウィープ・ステークス、205プレート・レースが行われていたが、1843年には、86マッチレース、897スウィープ・ステークス、191プレート・レースとなった。これが、イギリスの近代競馬の原点として世界中に広まっていった。ステークス競走は、スウィープ・ステークスと同じ意味である。なお、幕末から明治初年にかけて横浜居留民たちが楽しんだ競馬では、3頭以上の出走馬の馬主が均等にお金を出しあい、勝った馬主がすべての掛け金を受取るをオークション・プール方式と呼び、現在の馬券と宝くじを組み合わせ、的中者をわずか一人に絞り、一人が全額を受取るようにした19世紀にイギリスで生まれた賭け方式をスィープ・ステークスと呼んでいる。居留民の大半がイギリス人で、また賭けに参加する人数が極めて少なかったためと推察される。
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