ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ
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ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ(シドッチ、シドティ、[1]イタリア語: Giovanni Battista Sidotti(Sidoti)、寛文8年(1668年8月22日)[1] - 正徳4年10月21日(1714年11月27日))は、イタリア人のカトリック司祭。江戸時代中期の日本へ潜入して捕らえられ、その死まで江戸で幽閉された。時の幕政の実力者、新井白石はシドッティとの対話をもとに『西洋紀聞』などを著した。
注釈
- ^ この骨に関する調査研究の詳細は、篠田謙一『江戸の骨は語る――甦った宣教師シドッチのDNA 』(岩波書店、2018年)を参照。
出典
- ^ a b マリオ・トルヴィチア『ジョヴァンニ・バッティスタ・シドティ 使命に殉じた禁教下最後の宣教師』 教文館、2019年
- ^ a b 高祖敏明「江戸時代、カトリック宣教師シドッチ/禁教下の日本になぜ潜入」『読売新聞』朝刊2017年3月15日(文化面)
- ^ 児玉幸多監修 『日本史物事典』 講談社〈講談社+α文庫〉、ISBN 4-06-256120-4
- ^ 切支丹屋敷跡(きりしたんやしきあと) 文京区公式サイト
- ^ “シドッティ神父の遺骨と「ほぼ断定」”]. カトリック新聞オンライン. (2016年4月7日). オリジナルの2018年2月25日時点におけるアーカイブ。
- ^ “宣教師シドッチ 遺骨で顔を復元 新井白石に影響与える”. 毎日新聞. (2016年11月8日) 2016年11月8日閲覧。
- ^ 屋久島シドッティ記念館設立準備委員会
- ^ 『カトリック新聞』2019年3月31日。
- 1 ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティとは
- 2 ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティの概要
- 3 列福調査
固有名詞の分類
江戸時代の人物 | 森庸軒 乾正厚 ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ 鷹見泉石 福島正晴 |
在日宣教師 | ジョアン・ロドリゲス ヒュー・ジェームス・フォス ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ アリス・ペティ・アダムス ジュリア・ダッドレー |
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