三省堂 大辞林 |
グランプリ 2 4 [(フランス) grand prix]
映画情報 |
グラン・プリ
| 原題: | Grand Prix |
| 製作国: | アメリカ |
| 製作年: | 1966 |
| 配給: | M・G・M配給 |
| キャスト(役名) |
| James Garner ジェームズ・ガーナー (Pete Aron) |
| Yves Montand イヴ・モンタン (Jean Pierre Sarti) |
| Toshiro Mifune 三船敏郎 (Yamura) |
| Eva Marie Saint エヴァ・マリー・セイント (Louise Fredeickson) |
| Francoise Hardy(2) フランソワーズ・アルディ (Liza) |
| Brian Bedford ブライアン・ベドフォード (Scott Stoddard) |
| Jessica Walter ジェシカ・ウォルター (Pat Wilson) |
| Antonio Sabato アントニオ・サバト (Nino Barlini) |
| Genevieve Page ジュヌヴィエーヴ・パージュ (Monique) |
| Phil Hill フィル・ヒル (Tim Randolph) |
| Graham Hill グラハム・ヒル (Billy Turner) |
| Bruce McLaren ブルース・マクラレン (Douglas McLendon) |
| Jack Watson ジャック・ワトソン (Jeff Jorkan) |
| Donald O'Brien ドナルド・オブライエン (Wallace Bennett) |
| Bernard Cahier (Victor) |
| Adolfo Celi アドルフォ・チェリ (Antonio Manetta) |
| Enzo Fiermonte (Ferrari Crew Chief) |
| Alan Fordney (Sportscaster) |
| Bruce McLaren ブルース・マクラレン (Racing Drivers) |
| Bob Bondurant ボブ・ボンデュラント (Racing Drivers) |
| Phil Hill フィル・ヒル (Racing Drivers) |
| Graham Hill グラハム・ヒル (Racing Drivers) |
| 解説 |
| 「ワーロック(1959)」のロバート・アーサーが、ロバート・ディリーのノンフィクション『残酷なスポーツ』その他、オートレースの記録にもとずいてストーリーを書き、劇作家ウィリアム・ハンリーが脚色、「大列車作戦」のジョン・フランケンハイマーが監督にあたった。撮影は「影なき狙撃者」のライオネル・リンドンで、レース・シーンには20数台のカメラが動員された。音楽はモーリス・ジャール、レース顧問にはジョー・ボニアー、レース技術監督はジム・ラッセルが担当した。出演は「砦の29人」のジェームズ・ガーナー、「7人目に賭ける男」のイヴ・モンタン、三船敏郎、「いそしぎ」のエヴァ・マリー・セイント、「スェーデンの城」のフランソワーズ・アルディ、ブライアン・ベドフォードほか。またレース・シーンにはブルース・マクラレン、ボブ・ボンデュラント、フィル・ヒル、グラハム・ヒルなど世界的レーシング・ドライバーが出演する。製作担当はエドワード・ルイス。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 国際オートレースのトップをきって行われたモンテ・カルロのグラン・プリ・レースで惨事が突発した。アメリカ人ピート(ジェームズ・ガーナー)は地中海に投げ出され、幸に軽傷ですんだが、イギリス人スコット(ブライアン・ベドフォード)は壁に激突して重傷を負った。優勝はサルティ(イヴ・モンタン)だった。ピートとスコットのスポンサー、ジョーダンは2人を激しく非難したが、弁護してくれたのはサルティだった。ところで、レーシング・ドライバーの生活は女性の憧れの的だが、彼らの家庭生活は必ずしも平穏ではなかった。スコットの妻パットは離婚を決意し、サルティはフェラリ創立者の娘モニークと結婚していたが、生活は暗礁にのりあげ、パーティで知り合った雑誌記者のルイーズ(エヴァ・M・セイント)を愛し始めていた。そしてピートの妻も彼のもとを去っていった。傷心の彼に救いの手をさしのべたのは、ホンダの矢村(三船敏郎)だった。彼はピートのファイトを買い、日本チームへの参加を勧めた。矢村のおかげでピートはよみがえり、つぎつぎとレースに優勝していった。傷いえたスコットも第一線に復帰し、モンテ・カルロで2位に入賞したニーノ、それにピートとサルティを加えた4人が各地のレースでしのぎを削りあった。そしてフォーミュラー・ワンの最後のレースであるモンツアのイタリア・グラン・プリを迎えることになった。レースは白熱化し、異常な興奮をまき起こした。特にサルティの運転ぶりに大歓声が起こり、その歓声にホテルにこもっていたルイーズも思わず飛び出した。だがその時、サルティの車はコントロールを失い、壁にあたって爆発してしまった。これを見てニーノは車を降りた。レースはピートとスコットの争いとなり、少しの差でゴールを奪ったのはピートの白いホンダだった。新しいチャンピオンの誕生に観衆は熱狂した。しかし名選手サルティを失って動揺したピートは、心の真の平和を、尊敬する矢村の国から見い出したいと日本行きを決意した。そして、もしそれが見つかったら、再びレースに戻ることはあるまいと思っていた。 |
ウィキペディア |
グランプリ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/03/08 16:46 UTC 版)
グランプリ(Grand Prix)
- コンクール、競技会などで、最高位の賞。大賞。また、その受賞者のこと。「─を獲得する」フランス語。Grand (大きい、最高の) Prix(賞)。
- 国際映画祭などで、(原則的に)最高位の賞。1951年にイタリア・ヴェネツィア国際映画祭で黒澤明の「羅生門」が受賞した際に日本で大ニュースとなったことから長らく代名詞化。国語辞典の「グランプリ」の項でウェネチア映画祭最高賞のことと記載されたこともある(1980年代までの旺文社辞書など)。なお、フランスのカンヌ映画祭では現在グランプリは最高賞ではない。
- モータースポーツにおいては二輪・四輪において最高位のレース。 → グランプリ (モータースポーツ)
- スケート競技フィギュアスケート種目においては、国際スケート連盟が承認するシリーズ戦。 → ISUグランプリシリーズ
- 日本の中央競馬においてファン投票で出走馬が決定される宝塚記念と有馬記念の総称。→グランプリ (中央競馬)
- 格闘技においては、K-1グランプリを指す。
- 競輪においてはKEIRINグランプリを指す。
- 競艇においては賞金王決定戦を指す。
- ダーツにおいてはPDCが開催するワールド・グランプリを指す。
- プロレス団体の新日本プロレスが管理するチャンピオンベルトの名称、およびその前身であるリーグ戦の名称「International Wrestling Grand Prix(IWGP)」。
- 麻雀のタイトル戦の一つ。→グランプリ (麻雀)
- 1966年に公開された、F1を舞台とした映画。 → グラン・プリ
- ノルウェーで製作されたパペットアニメーション「ピンチクリフ・グランプリ」。
- スーパー戦隊シリーズ第32作『炎神戦隊ゴーオンジャー』の話数を示す単語である。「GP○○」
- 大阪市に本社を置く教育関連企業。 → グランプリ (教育関連)
- 1970年から1980年にかけてフジテレビ系列で放送されたクイズ番組「クイズグランプリ」。
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グラン・プリ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/21 21:15 UTC 版)
| グラン・プリ | |
|---|---|
| Grand Prix | |
| 監督 | ジョン・フランケンハイマー |
| 脚本 | ロバート・アラン・アーサー |
| 製作 | エドワード・ルイス |
| 出演者 | ジェームズ・ガーナー イヴ・モンタン 三船敏郎 エヴァ・マリー・セイント |
| 音楽 | モーリス・ジャール |
| 編集 | ヘンリー・バーマン ステュー・リンダー フランク・サンティロ |
| 製作会社 | Cherokee Productions |
| 配給 | メトロ・ゴールドウィン・メイヤー |
| 公開 | 1966年12月21日 1967年2月1日 |
| 上映時間 | 180分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| AllRovi | |
| IMDb | |
『グラン・プリ』(Grand Prix)は、1966年に公開されたカーアクション映画である。主演はジェームズ・ガーナー。監督はジョン・フランケンハイマー、音楽はモーリス・ジャールが担当した。
目次 |
概要
モータースポーツのトップカテゴリであるF1グランプリを舞台に、ドライバーズチャンピオンの栄光をかけて戦う4人のF1ドライバーの運命を追ったフィクションである。サブプロットとして、そのような危険なライフスタイルを持つ男達と共に生きようとする女性達に焦点が当てられる。原作はロバート・デイリー(en:Robert Daley)が1963年に発表したノンフィクション『The Cruel Sport』。
撮影は70mmフィルムで行われ、シネラマの大画面で公開された。タイトルデザインをソウル・バスが担当している。
公開当時F1に参戦していたホンダをモデルにした「ヤムラ(矢村)」チームが登場し、本田宗一郎を思わせるチームオーナー役を三船敏郎が演じている。すでに国際的評価を得ていた「世界のミフネ」がハリウッド映画に初めて出演した作品であった。
あらすじ
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
F1シーズンの開幕戦、伝統のモナコグランプリで大事故が起きた。ジョーダン・BRMチーム所属のアメリカ人レーサー、ピート・アロンは辛くも難を逃れたが、チームメイトのスコット・ストッダードが重傷を負った責任を負わされチームから解雇された。アロンは日本のヤムラチームと第3ドライバー契約を結び、期待に応えてワールドチャンピオン争いに加わる活躍をみせた。
アロンと競い合う有力ドライバーは3人。マネッタ・フェラーリチームのエースであるフランス人のジャン=ピエール・サルティは、2度のワールドチャンピオン経験を持つ大ベテラン。サルティのチームメイトであるイタリア人のニーノ・バルリーニは、二輪グランプリの元王者であり、将来を嘱望されている。開幕戦の負傷からカムバックしたイギリス人のストッダードは、レーサーとして成功した亡き兄を目標としている。
命懸けのレースの合間には男と女のドラマもあった。ストッダードの妻パットは元モデル時代の生活が忘れられず、夫を捨ててアロンに接近しようとする。サルティは大自動車会社を経営する妻モニークとの関係が冷え切り、パーティーで知り合ったファッション雑誌編集者のルイーズと深い仲になっていく。
4人のドライバーによるワールドチャンピオン争いは僅差のまま最終戦イタリアグランプリを迎えた。ハイスピードの接近戦、大波乱の展開の末、最終ラップに劇的なクライマックスを迎える。
キャスト
- ジェームズ・ガーナー - ピート・アロン
- イヴ・モンタン - ジャン=ピエール・サルティ
- 三船敏郎(声 - ポール・フリーズ) - 矢村
- エヴァ・マリー・セイント - ルイーズ・フレデリクソン
- ブライアン・ベッドフォード - スコット・ストッダード
- アントニオ・サバト - アントニオ"ニーノ"バルリーニ
- ジェシカ・ウォルター - パット・ストッダード
- フランソワーズ・アルディ - リーザ
- ジュヌヴィエーヴ・バージュ - モニーク・ドゥルボ・サルティ
- ジャック・ワトソン - ジェフ・ジョーダン
- アドルフォ・チェリ - アゴスティーニ・マネッタ
- ドナルド・オブライエン - ウォレス・ベネット
- エンツォ・フィエルモンテ - グイド
- クロード・ドファン - ユゴー・シモン
- フィル・ヒル - ティム・ランドルフ
- グラハム・ヒル - ボブ・ターナー
- ブルース・マクラーレン - ダグラス・マクレンドン
撮影
他に類を見ないレースシーンの撮影技術がこの映画の呼び物の一つとなっている。フランケンハイマー監督率いる約260名の撮影隊はF1コンストラクターの協力を得て、1966年の6か国のグランプリで撮影を行った。F1フォトジャーナリストのベルナール・カイエが仲介役となり、ヨアキム・ボニエ、リッチー・ギンザー、ボブ・ボンデュラントらF1ドライバーがアドバイザーとして協力した。ブルース・マクラーレン(マクラーレンの創始者)、フィル・ヒル(1961年のワールドチャンピオン)、グラハム・ヒル(1962、1968年のワールドチャンピオン)らは役名付きで出演した。
主役の4人の俳優は、実際にマシンを運転できるようにジム・ラッセル・レーシングスクールで教習を受け、撮影時に走行した。中でも主演のジェームズ・ガーナーはメキメキと頭角を現し、プロにも迫るほどの腕前に成長したという。ストッダード役のブライアン・ベッドフォードは公道の自動車免許を持っていなかった。
走行シーンに実物のF1マシンは使用できなかったので、F3マシンをモディファイして使用した。マシンがコースから飛び出すシーンでは、人形を乗せたマシンを大砲で射出した。
レースの走行映像はフォード・GT40を改造したカメラカーで撮影した。また、フォーミュラカーのフロント部分にカメラを搭載し、ドライバー目線の迫真の映像を収めた(このためにNASAと共同で耐震カメラ台を開発した)。F1のテレビ中継では1980年代以降に車載カメラの映像が普及するが、本作はそれを先取りするものであった。
通常、部外者には門戸を開かないフェラーリのファクトリーでの撮影も特別に許可され、当時の雰囲気を知ることのできる貴重な映像となっている。
舞台となったグランプリ
※印は撮影隊が帯同したレース。
- 第1戦 モナコグランプリ(モンテカルロ市街地コース)※
- 第2戦 フランスグランプリ(ランス、撮影はクレルモン=フェラン)※
- 第3戦 ベルギーグランプリ(スパ・フランコルシャン)※
- 第4戦 ドイツグランプリ(ニュルブルクリンク)
- 第5戦 オランダグランプリ(ザンドフォールト)※
- 第6戦 アメリカグランプリ(ワトキンズ・グレン)
- 第7戦 メキシコグランプリ(エルマノス・ロドリゲス)
- 第8戦 イギリスグランプリ(ブランズハッチ)※
- 第9戦 イタリアグランプリ(モンツァ)※
実際の1966年のF1グランプリは開催国・サーキットは同じだが開催順が異なっている(モナコ・ベルギー・フランス・イギリス・オランダ・ドイツ・イタリア・アメリカ・メキシコの順)。
作中で描かれたモナコグランプリのコースで車輌が海に転落するというアクシデントは実際に2度起きている。1955年のアルベルト・アスカリと1965年のポール・ホーキンスだが、2人とも転落後に脱出し無事に救助された。
最終戦イタリアグランプリの舞台となるモンツァサーキットでは、1961年に観客を巻きこむ死傷事故が起きて以来高速のオーバルトラック区間は使用していなかった。本作ではイタリアGPとは別の日にエキストラを集め、オーバルを走行するレースシーンを撮影した。
受賞
補足
本作品のオリジナル・サウンドトラックテーマ曲は、NHK-FM放送で放送されていたサウンド・オブ・ポップスのオープニング曲として長らく使用されていた。
本作の映像ソフトはビデオとLD化されて以降、DVDは日本国内で長らく発売されなかった。しかし、2011年にDVDがレンタル用、BDがセル用としてリリースされた。
関連項目
- フォーミュラ1
- カーアクション映画
- グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション - 作中にドライバー達の会合シーンが登場する。
外部リンク
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固有名詞の分類
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