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キタノカチドキ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 13:28 UTC 版)
キタノカチドキは、日本の競走馬。1974年に皐月賞と菊花賞の二冠を制覇した、テスコボーイ初期の代表産駒である。半妹にエリザベス女王杯勝ち馬リードスワローがいる。
500キロの大柄な馬格に比べ、小振りで端正な顔や頭が特徴で、当時のクラシック路線に置いて関西の期待を背負っていた馬の一頭であった。同期には、コーネルランサー(日本ダービー)、フジノパーシア(天皇賞・宝塚記念)、アイフル(天皇賞)等がいる。
怪物ハイセイコー騒動から作られたルール・シード(後の単枠指定)馬の指定を最初に受けた(皐月賞で記録)馬として知られる。
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- ^ 牧場にやってきてから2年連続で不受胎に終わったライトフレームは、裏山に放し飼いされることになった。翌年(1966年4月)に無事発情が来たライトフレームはアングロアラブと交配に成功。翌年誕生した牡馬・ランムパファーは地方競馬で4勝を挙げ、やっと繁殖牝馬としての結果を出した。
- ^ 結局、レース開催が3週間ずれ込んだ為、この年の皐月賞は中山でなく東京で開催となった。
- ^ 単勝120円は、2005年にディープインパクトに破られるまで菊花賞最低単勝配当だった。
- ^ ただし、このレースは当時最強と謳われたタニノチカラが参戦しており、しかも鞍上が主戦ではなく当時騎手生活3年目の若手・田島信行であったと言うハンデを乗り越えての勝利であった。なお田島にとってこの年のマイラーズカップが初の重賞勝利であった。
- ^ その強さは既に関東にも知れ渡っていたようで、中継番組の司会者が「もし今日キタノカチドキが負けたら、競馬場をストリーキングで1周します!」と爆弾発言するほどであった。
- ^ この裏事情を知っていた生産者・佐々木節哉はこの事を危惧していたと言う。
- ^ 『20世紀の名馬100 8』(ポニーキャニオン刊)によると、ナレーション部分で、「スタミナ一辺倒の走法からスピード競馬への道を切り拓いた革命的競走馬」と述べられている。
- 1 キタノカチドキとは
- 2 キタノカチドキの概要
- 3 エピソード
- 4 血統表
固有名詞の分類
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