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三省堂 大辞林

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オーストラリア [Australia]

(1)南半球にある世界最小大陸。北はアラフラ海、東は太平洋、南と西はインド洋面する

(2)オーストラリア大陸タスマニア島などを領土とする連邦共和国。六州・キャンベラ特別区首都)・ノーザンテリトリー準州から成る1788年イギリス流刑植民地になったが、1901年六州で連邦結成し、イギリスから独立羊毛小麦牛肉砂糖などを産出する農牧業国。鉄・金・銀・スズ石炭・ボーキサイト・ウランなど地下資源に富む。住民のほとんどはヨーロッパ系(うち四分の三イギリス系)であるが、一八先住民アボリジニがいる。首都キャンベラ面積769平方キロメートル人口七五三1992)。豪州正称、オーストラリア。
〔「濠太剌利」とも書く〕


世界の流通コイン

WorldCoin.NetWorldCoin.Net

オーストラリア

オーストラリア
Australia
通貨単位ドルセント
Australian Dollar/Cent
1ドル=100セント
マップ
2 ドル (1988)
1 ドル (2001)
1 ドル (1986)
1 ドル (1984)
50 セント (2002)
50 セント (2001)
50 セント (2000)
50 セント (1994)
50 セント (1969)
20 セント (2003)
20 セント (1981)
10 セント (1981)
5 セント (1988)
2 セント (1975)
1 セント (1981)


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

オーストラリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/26 07:18 UTC 版)

オーストラリア連邦
Commonwealth of Australia
オーストラリアの国旗 オーストラリアの国章
国旗 国章
国の標語: なし
国歌: アドヴァンス・オーストラリア・フェア
オーストラリアの位置
公用語 英語
首都 キャンベラ
最大の都市 シドニー
政府
女王 エリザベス2世
総督 クエンティン・ブライス
首相 ジュリア・ギラード
面積
総計 7,686,850km26位
水面積率 0.9%
人口
総計(2008年 21,293,000人(52位
人口密度 3人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 1兆1,817億[1]オーストラリア・ドル
GDPMER
合計(2008年 1兆0,106億[1]ドル(15位
GDPPPP
合計(2008年 7,953億[1]ドル(16位
1人あたり 37,298[1]ドル
独立 イギリスより
1901年1月1日
通貨 オーストラリア・ドルAUD)(A$)
時間帯 UTC +8 から +10(DST: +8 から +11)
ISO 3166-1 AU / AUS
ccTLD .au
国際電話番号 61
註1 : 国歌は公式には『アドヴァンス・オーストラリア・フェア』であるが、女王や総督が臨席する場合には『女王陛下万歳』が用いられる。

オーストラリア連邦(オーストラリアれんぽう、英語: Commonwealth of Australia)、またはオーストラリアAustralia)は、オセアニアに位置する連邦立憲君主制国家。南東にはニュージーランド、北には、インドネシアパプアニューギニア東ティモールがある。ロシアカナダ中国アメリカブラジルに次ぐ世界で6番目に面積の大きい国である。イギリス連邦加盟国であり、英連邦王国の一国。

目次

国名

正式名称は、Commonwealth of Australia英語発音: /ˈkɔmənˌwelθ əv ɔ(ː)ˈstreiljə/ マンウェルス・ァヴ・オ(ー)ストゥイリャ)。通称、Australia

日本語の表記は、オーストラリアCommonwealth に対応する語として「連邦」を付加し、オーストラリア連邦とされることもあるが、この場合の Commonwealth は「連邦」という意味ではないので、これを正式名称訳とするのは必ずしも正確ではないが、連邦制国家であることは間違いなく正式名称訳として用いられる。また、漢字による当て字で濠太剌利と表記され、または常用漢字と略記され、濠洲(ごうしゅう、常用漢字では豪州と表記)とも呼ばれる。また「濠太剌利」の「剌」(ラツ)は、常用漢字である「刺」(シ・さす)と誤って書かれることもある。

国名の由来はterra australisラテン語 : 南の地)で、これはヨーロッパでの伝説上の大陸、テラ・アウストラリス・インコグニタ(ラテン語 : Terra Australis Incognita、メガラニカとも)に由来している。

なお、ヨーロッパの国であるオーストリアと間違えられることもあるが、こちらはドイツ語(同国の公用語)で Österreichエスターライヒ)といい、「東の国」という意味である。

歴史

先史 - 人類の移動、居住、氷河期の終焉

更新世の地球環境、人類の移動

40000~45000年前(60000年前、更にそれ以前とも言われる)、更新世の何回かの氷河期の結果海面が100~150m下降した更新世末期の、今日より海面が低い時にアボリジニがニューギニア方面からオーストラリアに渡って先住民となったと考えられている。

沿岸はティモール海域ニューギニアに伸び、オーストラリアとともに一つの陸地(サフル大陸)であり、アラフラ海カーペンタリア湾トレス海峡をつないでいた。スンダ列島からの短い距離の部分を渡って Sahul へ、続いて陸橋を渡ってオーストラリアへ来たと考えられている。

考古学的証明では、西オーストラリアスワン川上流に40,000年前、タスマニア(タスマニアも当時大陸に繋がっていた)には30,000年前に人類居住跡が見つかっている。また約42,000年前とされる人類の化石もニューサウスウェールズ州で発見されている(例: ムンゴマン)。

オーストラリア、ニューギニアとインドネシアでの動物植物種の共有は、当時の陸橋の結果である。最後の氷河期の終わりに海面が上昇し、オーストラリアとニューギニアの間は海でへだてられた。海面レベルは6000年前から現代までほとんど同じである。

人類の居住以降

木炭の発見から、火の使用も確認されている。狩猟採集民族は森林、硬葉樹林を開拓するためなどに使用した。耐火性の高いモクマオウ科ユーカリアカシアなどが残った。

動物種では人間より大きい大型動物類の多くは絶滅し、多くの小型動物もいなくなった。ディプロトドン(全長3m、有袋類草食動物で史上最大の有袋類、カバに似ている)、数種の大きな飛べない鳥、肉食のカンガルー、体長5mのトカゲ小型自動車ほどの大きさのなどを含む、約60種の脊椎動物が絶滅した[要出典]。大規模な絶滅の原因は火、狩猟、気候変動などと考えられるが、最も大きな原因は人間の介入だと思われている[2][3]

ヨーロッパ人による入植以前の人口は分かっていない。

氷河期の終焉

13,000年前に更新世末期、氷河期終焉を迎え、トレス海峡ヴィクトリアとタスマニアの間のバス海峡カンガルー島との間に海面が広がった。

アボリジニ伝説によると、氷河期の終焉は早く(あっという間に訪れた)、海面の上昇(陸地の失現)とともに、が天から降って来た、津波があったと伝えられている。

そのとき以来、タスマニアアボリジニは地理的に孤立し、9,000年前にバス海峡の島々とカンガルー島の人間は消滅した。

オーストラリアとオーストロネシアの人々との交流は長期にわたってあったと言語学遺伝学的に証明されている。

ヨーロッパ人の到達以後

イギリスジェームズ・クックは、エンデバーを指揮してボタニー湾に上陸、領有宣言を行った。

1606年にオーストラリア大陸に最初に到来した白人オランダ人のWillem Janzであった。だが、赤道付近の熱帯の北部地域に上陸し、その周辺のみしか探索しなかったため、植民地には向かないと判断し、オランダ人は入植しなかった。1770年スコットランド人のジェームズ・クックが温帯のシドニーボタニー湾に上陸して領有を宣言し、入植が始まった。東海岸をニュー・サウス・ウェールズと名付けた。アメリカの独立により、1788年からアメリカに代わり流罪植民地としてイギリス人の移民が始まった。初期移民団1030人のうち、736人が囚人でその他はほとんどが貧困層の人間であった。また、当時は軽犯罪でもオーストラリアに流刑されたという。

1828年に全土がイギリスの植民地となり、開拓が進んだ。内陸を探検し、農牧地を開拓した。その段階で先住民のアボリジニから土地を取り上げて放逐し、反抗者は(時には反抗しない者も)殺害した。1830年までに純血のタスマニア先住民は絶滅させられた。19世紀の初めにはスペイン産メリノー種羊を改良し、以後、羊毛産業が発展した。なお、羊が重宝されたのは羊毛に関してだけでなく、まだ冷凍船がなかった頃、肉類の中で羊肉が1番長持ちしたためである。1850年代ゴールドラッシュが発生すると中国系の金鉱移民に対する排斥運動が起こり、後の白豪主義につながった。

州設立の歴史

オーストラリアは、1901年にイギリスから事実上の独立をしたが、独立後もイギリス国王への忠誠からイギリスの戦争には度々参加した。第一次世界大戦ではオーストラリア・ニュージーランド軍団 (ANZAC) として英仏軍と共にガリポリの戦いに参加し、オスマン帝国軍との激戦を経験した。ANZAC軍のガリポリ上陸記念日である4月25日ANZACの日として国民の祝日となっている。第二次世界大戦では日本軍の爆撃や特殊潜航艇によるシドニー港攻撃を受け、ニューギニアボルネオで日本軍と戦い、日本占領にも参加した。戦後、ヨーロッパからの白人移民は減り続け、国力となる人口増加は鈍った。そこで1980年代からは白豪主義を撤廃し、世界中から移民を受け入れることとし、「多文化主義」へと移行した。ベトナム戦争にも積極的に参加し、アメリカと共に戦い、その後ベトナム難民を数多く受け入れた。1975年ニューギニア信託統治地域パプアニューギニアとして独立した。2003年イラク戦争にも参加した。

距離は離れているものの、同じアングロ・サクソンのイギリス、アメリカや、移民出発地の他のヨーロッパ諸国との結びつきが依然強い。もっとも、地理的に、北半球の欧米諸国の一員ばかりではいられない場面も多い。特にフランスの南太平洋のムルロア環礁での核実験の際には、北半球の欧米諸国が黙認する中、隣国のニュージーランドと共に猛抗議した。市民の間にもフランス製品不買運動が広がり、大都市のフランスの有名ブランド店では一時休店したところもある。ただし、その背景にはアングロサクソン特有の嫌フランス感情があるともいわれる。また、2008年の北京オリンピックでは、お家芸の水泳競技の決勝時間が、同じくお家芸でライバルであるアメリカの(ニューヨークなど)東部時間のゴールデンタイムに合わされたため(北京時間では朝)、北京より進んだオーストラリア時間では決勝生中継が昼になってしまい、猛抗議している。

オーストラリアの周りは荒い海であったために、16世紀頃の世界地図にTerra Australis Incognita(テラ・アウストラリス・インコグニタ、「南方にある未知の大地」という意味)と表されていた。

首都がキャンベラとなったのは、シドニーメルボルンで首都争奪戦の末、妥協案として、シドニーとメルボルンの中間に新たに都市を建設して首都としたためである。




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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ Encyclopedia of Australian Wildlife, Steve Parish Publishing, p.120-123, ISBN 9781740212441
  3. ^ Australian Museum. “Megafauna extinction theories - patterns of extinction”. 2010年4月23日閲覧。
  4. ^ http://adl.brs.gov.au/forestsaustralia/_pubs/sofr2008reduced.pdf
  5. ^ ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』13章「搾取されるオーストラリア」(草思社2005)
  6. ^ サイボクハム ぶた博物館 より
  7. ^ “豪外相にラッド前首相起用 ギラード政権、新内閣発足へ”. 共同通信. (2010年9月14日). http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010091101000401.html 2011年1月10日閲覧。 
  8. ^ THE AUSTRALIAN LOCAL GOVERNMENT GUIDE APRIL 2006より。
  9. ^ NCLS Research: NCLS releases latest estimates of church attendance(英文)
  10. ^ APLa オーストラリアの教育
  11. ^ オーストラリア教教育ネットワーク:オーストラリアの教育


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出典:Wiktionary

オーストラリア

出典:『Wiktionary』 (2011/05/10 19:05 UTC 版)

発音

固有名詞

オーストラリア漢字表記濠太剌利 略:豪州濠州濠洲

  1. オセアニアにある大陸オーストラリア大陸
  2. 語義1の大陸、及びタスマニア島などを統治している国家首都キャンベラ

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