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ピティナ・ピアノ作曲家事典

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シュルホフ, エルヴィーン

【英】:Schulhoff, Ervin
[チェコ]  1894~1942

執筆者: 小崎 紘一

 歴史に殺された作曲家として、或いは優れたジャズピアニストとして認知されていた以前比べると、現代シュルホフ像というものは、徐々にリアルタイムのそれに近づいてきたように思える。とはいっても、シュルホフに向けられたこのふたつの評価確かに誤りではなく、むしろ彼という作曲家像の中でも大きな要素を含んでいる。
 1894年生まれということは20歳という年齢第一次世界大戦経験し(実際に戦場へ赴きもした)、40代というひとりの成熟した人間として新たな大戦向き合わなければならなかったことを意味した。そしてチェコ生まれドイツ系ユダヤ人であるということは、ある時は国内支配者層として、またある時はホロコースト対象として民族間の争い生きるということを意味した。そして事実シュルホフ終戦を待たずして収容所で息を引き取り、「退廃音楽」の烙印を押された彼の音楽もまた、共産圏という名の収容所永い間閉じ込められることになる。

ピアノ独奏曲

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エルヴィン・シュルホフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/11 10:33 UTC 版)

(エルヴィーン・シュルホフ から転送)

エルヴィン・シュルホフシュールホフとも、英語: Erwin Schulhoffチェコ語: Ervín Schulhoff1894年6月8日 - 1942年8月18日)は、チェコ作曲家ピアニスト指揮者[1]。ピアニストのユリウス・シュルホフ英語版1825年-1898年)は彼の大叔父に当たる[2]

第一次世界大戦後のダダイズム運動の音楽家として重要な人物とされており[3]ジャズ実験音楽の要素を取り入れた曲など、あらゆるジャンルの作品を残し、生涯に作曲した作品は200作にのぼる[4]。しかしナチス・ドイツによってシュルホフの曲は「退廃音楽」という烙印を押され、演奏活動の禁止や作品の出版も認められなくなるなど迫害を受け、1942年強制収容所で命を落とした。

シュルホフの死後、彼の作品は半世紀にわたって日の目をみることはなかったが[5]テレージエンシュタットなどで迫害された他のチェコの作曲家(クラインウルマンハースなど)と同様に、再評価が進みつつある[4]


  1. ^ a b c Gayda (1995) p.10
  2. ^ a b c d e f g h i j k l Krejci, Sarka. Ervin Schulhoff: a musician without prejudices. Czech Music (Jul. 1, 2006) [1] (2011年11月3日閲覧)
  3. ^ Bek (1995) p.12
  4. ^ a b Gogichashvili (2003) p.iv
  5. ^ a b c d Gayda (1995) p.12
  6. ^ Fred Mazelis (2004) The rediscovered music of Erwin Schulhoff. World Socialist Web Site
  7. ^ a b c d e f g Gogichashvili (2003) p.4
  8. ^ a b c Gogichashvili (2003) p.7
  9. ^ a b c d e Gogichashvili (2003) p.5
  10. ^ Gogichashvili (2003) p.6
  11. ^ Gogichashvili (2003) p.8
  12. ^ a b c Bek (1995) p.12
  13. ^ a b c d e f Gayda (1995) p.11
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m Biography of Erwin Schulhoff (Written by Derek Katz) The OREL Foundation [2] (2011年11月9日閲覧)
  15. ^ a b c d e f Bek, Josef. Editions of Erwin Schulhoff. Czech Music (May 1, 2002) [3] (2011年11月3日閲覧)
  16. ^ a b Gogichashvili (2003) p.9
  17. ^ a b Gogichashvili (2003) p.10
  18. ^ 『シュールホフ:ピアノ協奏曲「アラ・ジャズ」他』(DECCA UCCD-3448)ライナーノーツ p.8
  19. ^ a b c d Schulhoff "Jazz-inspired piano works" booklets (written by Dana Melanova) Supraphon 1993.
  20. ^ Holzknecht, p. 305
  21. ^ a b Gogichashvili (2003) p.12
  22. ^ a b Bek (1995) p.13
  23. ^ Bek (1995) p.16
  24. ^ a b Schulhoff "Symphonies Nos.3 and 5" booklets (written by Nad'a Dvorska) Supraphon 1995.
  25. ^ Gogichashvili (2003) p.13
  26. ^ Gogichashvili (2003) p.3
  27. ^ Gogichashvili (2003) p.2
  28. ^ a b Paul Brody "Paul Brody's Far from Sadawi Moldova" booklet. Morgenland ml7001
  29. ^ Susan C. Cook, 1989. Jazz as Deliverance: The Reception and Institution of American Jazz during the Weimar Republic. American Music, Vol. 7, No. 1, Special Jazz Issue. pp. 30-47.
  30. ^ Bek (1994) p.11
  31. ^ Erwin Schulhoff”. exil-archiv. Else Lasker-Schüler-Foundation. 2007年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月3日閲覧。 (ドイツ語)
  32. ^ a b c Schulhoff "Symphonies Nos.1 and 2" booklets (written by Nad'a Dvorska) Supraphon 1995.
  33. ^ a b Whitehouse (2010) p.2
  34. ^ a b Gogichashvili (2003) p.32
  35. ^ Mark L. Lehman 2009. In American Record Guide November-December 2009.


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