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エゼルベルト (ケント王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/01 07:05 UTC 版)

(エセルベルト から転送)

エゼルベルト

エゼルベルトÆthelberht560年頃 - 616年2月24日)はケント王国の国王。彼の名は日本語では「エゼルベルフト」とも書かれる。また古英語での綴りも一定しておらず、「Æthelbert」「Aethelberht」「Aethelbert」または「Ethelbert」という表記が見られる。

在位は580年代590年代頃から始まり616年の彼の死まで王であった。7世紀の学僧ベーダ・ヴェネラビリスが記した『イングランド教会史』では、エゼルベルトをアングロサクソン諸国に対しての「インペリウム」を保持した王の一人に列しており、時代は下って9世紀に編纂されたアングロサクソン年代記では彼をブレトワルダの一人と記している。また彼は最初にキリスト教に帰依したアングロサクソン王としても知られる。

アングロサクソン年代記によると、彼は先代ケント王エオメンリッチの息子であり、妻はフランク王カリベルトの娘ベルタであったと伝えられる。また婚儀はエゼルベルトが王位に就いた以前になされたと思われ、この婚儀を通じて当時の西ヨーロッパで最も強力なメロヴィング朝フランク王国との同盟関係にあった。またグレゴリウス1世がキリスト教の伝道としてアウグスティヌスを派遣させた影響に、この妻ベルタの影響があったかもしれない。597年アウグスティヌスはサネット島に到着するが、到着後程なくエゼルベルトはキリスト教に入信している。そして教会は建てられ、幅広い改宗が行われた。その中でエゼルベルトは新たな教会を自国のカンタベリーに建て、それは現在聖アウグスティヌス修道院として知られている。この時礎として置かれた敷石が後のイギリス国教会の基礎となった。

エゼルベルトの治世に出されたケント王国の法典がゲルマン語派のものとしては最古で、複雑な罰金体系を明記している。大陸に近いケントは富裕な国であり、エゼルベルトは交易を自らの支配のもとで行っており、この事から罰金の複雑さが出てきたとも一説には考えられている。アングロサクソン人がブリテン島に上陸して以来、初めて通貨の流通が彼の治世のケント王国に見受けられている。

後にエゼルベルトはアングロサクソン諸国にキリスト教を広めた事から聖列に加えられた。彼を讃える日はもともと2月24日であったが、後に2月25日に変更された。


  1. ^ Hunter Blair著、『An Introduction』、13-16頁
  2. ^ Campbell他著、『The Anglo-Saxons』、23頁.
  3. ^ Hunter Blair著『Roman Britain』の204頁によれば、550年から575年の事とされている。
  4. ^ a b Yorke著、『Kings and Kingdoms』、26頁
  5. ^ a b Swanton訳、『アングロサクソン年代記』、12-13頁
  6. ^ この伝承のどこまでを史実として受け入れるかにおいては学者ごとに意見が相違している。
  7. ^ Campbell他著『The Anglo-Saxons』、38頁
  8. ^ Fletcher著、『Who's Who』、15-17頁
  9. ^ Campbell他著、『The Anglo-Saxons』、44頁
  10. ^ Hunter Blair著、『An Introduction』、201-203頁
  11. ^ a b Yorke著、『Kings and Kingdoms』、25頁
  12. ^ Kirby著、『Earliest English Kings』、30頁
  13. ^ ベーダ、『イングランド教会史(Sherley-Price訳本)』第2巻第5章、112頁
  14. ^ Yorke著、『Kings and Kingdoms』、28頁
  15. ^ ベーダ、『イングランド教会史(Sherley-Price訳本)』第2巻第3章、108頁
  16. ^ a b ベーダ、『イングランド教会史(Sherley-Price訳本)』第一巻25章及び26章、74-77頁
  17. ^ a b c d e f Kirby著『Earliest English Kings』の31-33頁にはエゼルベルトの王位に関しての詳しい意見の相違について書かれている。
  18. ^ トゥールのグレゴリウス著『フランク人の歴史(Penguin版、1974年刊)』IV25、IX25の219,513頁。トゥールのグレゴリウス著、杉本正俊翻訳『フランク史』、166頁、471頁。
  19. ^ a b c Yorke著『Kings and Kingdoms』32-34頁
  20. ^ Campbell他著『The Anglo-Saxons』38–39頁


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