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エセン・ハーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/29 05:24 UTC 版)
エセン・ハーン(Esen,?[1] - 1454年)は、15世紀中頃のオイラトの首長。- ^ 『蒙古源流』では丁亥(1407年)の生まれとしている。
- ^ タイシ (Tayisi) は、中国語の「太師」に由来するモンゴル語の称号である。北元期のモンゴル(明代モンゴル)では、チンギス・ハーンの血を引かない貴族のうちの最有力者が称した。
- ^ The Cambridge History of China
- ^ 上田 [2005] p.179。なお、岡田 [2001] p.163 には四方面とある。
- ^ 『「正統帝は死ぬよりも生きていたほうが良い」とエセンは考えている』と明朝は信じており、エセンのブラフ(はったり)と言っていたか或いは、喜んで皇帝の弟の自由を得させないだろうと信じていたかどうかどうか、定かではない。
- ^ 中国語の「太子」は、モンゴル語ではタイジという。
- ^ チインは、中国語の「知院」に由来するモンゴル語の称号。なお、知院は、元代の枢密院の長官のこと。
[続きの解説]
「エセン・ハーン」の続きの解説一覧
- 1 エセン・ハーンとは
- 2 エセン・ハーンの概要
- 3 ハーン即位から没落まで
- 4 参考文献
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