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品種登録データベース

農林水産省農林水産省

エスパルス【エスパルス】(草花類)

※登録写真はありません 登録番号 第6338号
登録年月日 1998年 3月 23日
農林水産植物の種類 カーネーション
登録品種の名称及びその読み エスパルス
 よみ:エスパルス
品種登録の有効期限 15 年
育成者権の消滅 2003年 3月 25日
品種登録者の名称 第一園芸株式会社
品種登録者の住所 東京都渋谷区渋谷一丁目1番4号
登録品種の育成をした者の氏名 池田宗平 兼松功一
登録品種の植物体の特性の概要
 この品種は,育成者所有育成系統どうしを交配して育成されたものであり,花は赤色の垂咲きで,中輪の切り花向き品種である。  草姿直立開花草丈はかなり高,節数はやや少である。長径は細,硬さ及び折れ難易は中,中央部の色は緑,ろう質の有無及び立数は中,1側芽及び側数は多,側着生位置は主に中下部節間長は中,最長節間位置は第5節である。全体の形は剣形,先端部の形は鋭くとがる,葉巻き程度は少し巻く,最大葉長は短,幅は狭,葉色濃緑,ろう質は多である。つぼみの形は倒卵形大きさはかなり少,花の重ね八重,上から見た花形円形側面から見た花形は垂咲き,花径は中,表面花色赤(JHS カラーチャート0713),裏面花色は濃黄ピンク(同0712),色彩模様単一花弁波状程度波状鋸歯深さは中,数は多,花弁長さは短,幅は中,数はやや少,ほう葉の形はⅠ型,数は4長さは短,がくの形は鐘形がく筒の色は緑,がくの太さはかなり太,長さは中,花の香りは弱である。開花習性四季咲き,がく割れ難易性は中である。  「シェムニア」と比較して,長さが短かいこと花色赤であること,花弁鋸歯深さが浅いこと等で区別性が認められる
登録品種の育成経過概要
 この品種は,平成3年出願者の農場静岡県駿東郡小山町)において,出願所有育成系統どうしを交配して得られた実生の中から選抜以後増殖行いながら特性の調査継続し,6年にその特性が安定していることを確認して育成完了したものである。




ウィキペディア

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清水エスパルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/17 11:47 UTC 版)

(エスパルス から転送)

清水エスパルス(しみずエスパルス、Shimizu S-Pulse)は、日本静岡県静岡市にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。




  1. ^ フジテレビジョンが資本参加していたことからJリーグ創設当初の数年間国立霞ヶ丘陸上競技場でも主催試合を一部行っていた。2006年鹿島アントラーズとの対戦でも使われた。
  2. ^ 2012アジアスーパーチャレンジカップは、香港香港スタジアム)で開催の東アジアのクラブによるトーナメント戦。1回戦は清水エスパルス(日本)とサウス・チャイナ(香港)、広州富力(中国)と城南一和韓国)がそれぞれ12月23日に対戦し、その結果のもと、1月26日に決勝戦と3位決定戦を行う[4]
  3. ^ 近年は日系ブラジル人の減少が指摘されているが、2009年でも静岡県には約4万2千人の在日ブラジル人がいるとされる。これは静岡県全体の人口の約1.1%に当たり、日本全体(約0.2%)の5倍を超える比率となる。ただし、その居住者は静岡市よりも県西部の浜松市などに多いともされる。「在日ブラジル人」の項目も参照。
  4. ^ 当時清水の選手だった向島建の回想によると、三浦泰年・知良兄弟の伯父である納谷聖司(当時の私設応援団「シャペウラランジャ」代表)がブラジルからプロのサンバ隊を清水に招き、日本人にサンバの基本を教えたとされる[7]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p クラブガイド:清水エスパルス Jリーグ公式サイト
  2. ^ 清水がオランダで慈善試合 義援金は約7億円 スポーツナビ 2011.4.14
  3. ^  スポニチ Sponichi Annex (2012年1月25日13:34). “清水新オプションは“4トップ” 高原「成熟させたい」”. 2012年1月25日閲覧。
  4. ^  静岡新聞 SBS (2011年12月22日07:54). “エスパルス - 1月に香港の大会に参加”. 2012年1月25日閲覧。
  5. ^ J1コンサドーレ札幌のユニフォームパンツにもスポンサーを掲出
  6. ^ 清水6年ぶり「地図柄」復活 クラブW杯出場見据え - スポーツニッポン、2011.11.18
  7. ^ 「サポーターの存在」 川崎フロンターレ公式サイト「TATSURU'S CHECK」2004年9月16日付
  1. ^ a b c  清水エスパルス (1998年1月). “1997 忘れえぬ静岡ダービー”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  2. ^  清水エスパルス 公式WEBサイト (2012年1月25日13:34). “HISTORY”. CLUB. 2012年1月25日閲覧。
  3. ^  清水エスパルス (1999年1月). “1998 日本から世界へ”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  4. ^  清水エスパルス (2000年1月). “1999 7年目の証明”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  5. ^  清水エスパルス (2001年1月). “2000 築かれた次世代の礎”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  6. ^  清水エスパルス (2002年1月). “2001 チームに蓄積された経験の結実”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  7. ^  清水エスパルス (2003年1月). “2002 天皇杯制覇、そしてW杯”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  8. ^  清水エスパルス (2004年1月). “2003 得意のサイド攻撃爆発せず不完全燃焼の1年に”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  9. ^  清水エスパルス (2005年1月). “2004 避けて通れなかった分岐点”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  10. ^  清水エスパルス (2006年1月). “2005 青年監督の見つめる先、そしてミスターエスパルスの引退”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  11. ^  清水エスパルス (2007年1月). “2006 苦難を乗り越え迎えた収穫のとき”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  12. ^  清水エスパルス (2008年1月). “2007 上位で戦い続ける自信”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  13. ^  清水エスパルス (2009年1月). “2008 不振と悔しさから這い出し、手にした強さ”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  14. ^  清水エスパルス (2010年1月). “2009 頂上まであと少し、手応えを感じた1年”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。
  15. ^  清水エスパルス (2011年1月). “2010 長谷川エスパルス最終年 またもタイトルにあと一歩届かず”. HISTORY. 2012年1月25日閲覧。







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