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エジプト中王国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/08/30 06:08 UTC 版)
エジプト中王国(-ちゅうおうこく 紀元前2040年頃 - 紀元前1782年頃)は、古代エジプト史の時代区分。第11王朝の王メンチュヘテプ2世(前2060年 - 前2010年)によるエジプト統一から、第12王朝の終了までの時代を指す場合が多い。ただし、第13王朝や第14王朝を中王国時代に分類する考え方も支持を受けている。第1中間期の長い混乱を脱して様々な文化芸術が花開いた時代であり、エジプト文学の古典といわれる作品群もこの時代に形成された。
- ^ 紀元前3世紀のエジプトの歴史家マネトの記録ではディオスポリスマグナと呼ばれている。これはゼウスの大都市の意であり、この都市がネウト・アメン(アメンの都市)と呼ばれたことに対応したものである。この都市は古くはヌエと呼ばれ、旧約聖書ではノと呼ばれている。ヌエとは大都市の意である。新王国時代にはワス、ワセト、ウェセ(権杖)とも呼ばれた。
- ^ ヘラクレオポリスという名は、この都市で祭られていた地方神ヘリシェフをギリシア人がハルサフェスと呼び、名前の類似等からヘラクレスと同一視したことによって付けられたギリシア語名である。
- ^ 中エジプト語についてはhttp://www.geocities.jp/kmt_yoko/index.htmlに、西村洋子による詳細な解説がある。
- ^ 例えば第5王朝時代の王権側の立場を色濃く反映していると考えられる『魔法使いジェディの物語』も、現存するのはウェストカー・パピルスと呼ばれるパピルスに記された中エジプト語のテキストである。
- ^ ケミイトと言う語は「完全なもの」、或いは「総括」などと訳される。参考文献「ドゥアケティの教訓」『筑摩世界文学大系1 古代オリエント集』の解説を参照。
- ^ アビュドス巡礼についてはエジプト第1中間期の記事も参照。
- ^ 在位中に行われる王の再生の儀式
- ^ この遺跡については参考文献『生活の世界歴史1 古代オリエントの生活』に詳しい。
- 1 エジプト中王国とは
- 2 エジプト中王国の概要
- 3 宗教
- 4 参考文献