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ウラジミール・ポリエクトヴィッチ・コスチェンコ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/27 15:37 UTC 版)
ウラジミール・ポリエクトヴィッチ・コスチェンコ(ロシア語:Владимир・Полиевктович・Костенко)(Vladimir Polievktovich Kostenko)(1881年9月20日-1956年1月14日)はロシアの造船技術者。日露戦争当時、、«オリョール (戦艦)»の建造に従事。完成後は造船技官(補)として同艦に乗り組み遠征航海に参加、日本海海戦で惨敗、舞鶴、京都での捕虜生活を体験する。帰国後、ロシア艦隊敗北の理由を詳細に分析・報告し、高い評価を得た。その後も軍艦・造船の分野で活躍。アレクセイ・ノビコフ=プリボイ著『ツシマ(対馬)(Цусима)』で機関科将校(機関士)ワシーリェフとして多くの場面で登場する。
- 1 ウラジミール・ポリエクトヴィッチ・コスチェンコとは
- 2 ウラジミール・ポリエクトヴィッチ・コスチェンコの概要
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